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「そうめん食う?」
別の友達の声で悠生の意識は連れ戻され、前に出されたプラスティック製のコップと割り箸を素直に受け取る。
「こんなん、どっから?」
「あっちでクラスの女子が配っとるよ。」
「なんでもありやな。」
ご丁寧に刻まれたネギとミョウガまで入っている。思ったよりも冷たくて、喉をするりと滑った。
友人が少ないわけではなく、イベントは嫌いでもない。ただ、この日は何もしたくない。「海を見ながら一日中ぼやっとしなければならない」という強制された贅沢を味わうために。贅沢な時間の中で、たったひとりを遠く目で追う。
人との距離感を十分に理解している友人たちは、そんな悠生に必要以上に構うことなく、時々声をかけには来るがほぼ放置してくれていた。悠生はそうめんを食べ終えるとまた日よけの柱にもたれ掛かり、賑やかな海の方に目を遣る。こんな一日を過ごすのも今年が最後だ。
パーンと空にスターターピストルの破裂音が響く。歓声が上がると同時に、思い切り砂を蹴って走る、誠司の姿を人の間に見た。いつまでも続くかのように思われた何もしない長い一日は終わろうとしていて、太陽は海側へ回り逆光になって眩しい。その走る姿は、一瞬音を飲み込んでかき消すほど美しく完璧で、スローモーションのように見えた。
あぁ、あいつのことが好きだなんて馬鹿みたいだ、こうして一日中眺めているなんてどうかしている。そう思いながら、何もしていないのに、いや、何もしていないから余計に海風と反射光に晒されて怠くなった体を起こし、閉会式の列に並ぶために砂浜を歩く。
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