第1章

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「そうしましたら、用意ができましたら、死んでください」 「え?」 「意識をこらして、息を3分ほど止めれば、できるはずです。目を閉じて、眉間に力を入れる感じで、そうそう。いいですね。そんな感じでよろしくお願いします。もう少し、そう、そんな感じで眉間に力を入れてもらえば、けっこうです。最後の瞬間は、わたしが首を絞めて、お手伝いますから。ご安心ください。終わりましたら、一瞬、目の前が真っ暗になりますが、次に気がついたときは、前にいた病院のベッドのなかで、目が覚めるはずですから」 「……」 考えがうまくまとまるためには、しばらくの時間を要した。彼女のいうことには、われわれがふつう「生きている」と思っている世界は、じつは死後の世界、言い換えれば「天国」で、われわれが「天国」と思っていたこの場所のほうがじつは「生の世界」だったというのだ。わたしのように、死のギリギリで生き延びた人間は、こうやって、もう一度死に、わたしの家族や、幼い息子の待つあの「天国」へと、戻らなくてはならないという。
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