迷い猫のビラ

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「うわっ」  帰ろうとした常連が扉を開けるなり、店に一匹の猫が入り込んで来た。この辺りではよく見る野良猫で、警戒心が強いから人間には近寄って来なかった奴なのだが、最近は、こうして堂々と店に上がり込んで来るようになった。  他の客も協力してくれて、野良を店の外に追い出す。その時に、入り口付近にたむろしていた二、三匹の他の野良も追い払った。 「マスター。なんか最近、店の近所に猫多いねぇ」  その指摘に、私は困り顔で頷いた。  飲食店という商売柄、料理の匂いや残飯目当てに猫が裏口辺りに寄って来ることはままあるが、戸締りや食材管理、ゴミの処理には気を配っているため、そこまで猫を引きつける要素はウチの店にはない。むしろ、衛生問題を考慮して、見かけるとこまめに追い払うから、どちらかというと近づかれない方だった。ましてや、店の中に入り込んでくるなんてことは今までにはなかった。  なのにこの数日、やたらと猫が寄って来る。  自分で判らない原因が何かあるのだろうか。そんなことを考えていた時、客の一人がぼそりとつぶやいた。 「近所の野良達、この猫ちゃんの写真見に集まって来てるんじゃないのかい?」  指差す先には、先日頼まれた貼った迷い猫のビラがあった。 「そいつ、写真見ただけでもかわいいもんな」  冗談だということは皆承知で、笑いながらビラを眺める。その時に、猫の背景の一部が若干膨らんでいることに気づいた。  ビラを受け取った時には気づかなかったが、よくよく見ると、ビラは一枚の紙に印刷されたものではなく、台紙に写真を貼り付けた仕様のものだった。  厚みをほとんど感じないので、今まで一枚の紙だと信じていたが、触って確かめると二枚の紙が重ねられている。その上の方が触っている内に剥がれ落ちた。  床に落ちた写真に、私はもちろん、居合わせた客の総てが絶句した。  猫の写真の裏には、ごく薄くではあるが、赤色の文字がびっしりと書き込まれていたのだ。  草書というのだろうか。崩した文字で読み取ることがでないが、とにかく写真の裏中に赤い文字が書き込まれている。  ふと気になって、私は扉に貼った方のビラを剥がした。こちらも台紙に写真が貼りつけてあり、剥がして確認すると、同様の赤い文字がびっしりと書き込まれている。 「なんだぁ、こりゃ…」  客の一人がそうつぶやいた後、店内にはまた沈黙が戻った。
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