誰も知らない肖像画

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誰も知らない肖像画

 空は鈍色の雲に覆われていて、カラスの鳴き声が聞こえる。  たくさんの蔦が生い茂る、いかにもな魔王城。ゲームの中でしか聞いたことも見たこともない城の一室で、目の前の光景を盗み見ながら、私はそっと溜息をついた。 「魔王さん、もうちょいこっち向いてもらって……あーそうそう! で、ワインを気持ち5℃傾けてもらっていいですかね? あ、いいです! それです!」  やたらテンションの高い男性が、得意げに座っているこの城の主に指示を出している。  魔王と呼ばれた城の主は、泰然とした佇まいで背もたれの高いラズベリー色の椅子に腰かけていた。左手のひじ掛けの端には、魔王らしさを表すためなのか目が赤く光る骸骨が取り付けられている。魔王は左手をそこにゆったりと落ち着け、銀青色の髪の毛を背中と前面に流しながら、なみなみと注がれたワインを揺らして香りを楽しんでいた。  そもそも私たちは何をしているかというと、今日はこの魔王の肖像画を描く日なので、私、魔王、絵描きは魔王城の一室に集まって作業に取り掛かっている。依頼をした魔王はこうしてノリノリでモデルになり、絵描きは大きな仕事が入ってきたと言わんばかりに鼻息を荒くしているのだ。 「よぉーし、腕が鳴るぞお!」  指示を出していた絵描きは腕まくりをすると、木炭を取り出して絵を描き始めた。さらさらという音が静かなこの部屋を支配していて、私も魔王も絵描きも誰一人声を出さない。
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