花輪

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 成呪  成就にかけて『じょうじゅ』と読むのだろうか。  普通、名前を書くべきところに書き込まれてはいるが、到底名前とは思えないその文字。  その薄気味の悪さに慄く間もなく、花輪の陰にチラと人の姿が見えた。  花輪の後ろから顔だけを出した人物がこちらを見ている。店を見ているのか、幸いにも目は合わなかった。でも、俺のことは視界に入っている筈だ。  振り向くな。決してそちらを見るな。  さっき確認したが、店の前には何もない。花輪なんて置かれていない。当然。その影から人が覗くなんてことはありえない。なのに、窓越しとはいえ、そこから覗く人物と視線が合うようなことがあったら…いいや、それは『あってはいけない』ことだ。  だから決して振り向くな。  そう自分に言い聞かせ、俺はその場を走り去った。  …あれから半年近くが経って、閉店した店の後に新たな店舗がオープンした。  通りかかった際に見た祝いの花輪。でも、もうそこに無記名の地味な花はない。  結局、呪われていたのは前の店の店主だったのか。  漠然とそう思いながら、次はどんな店なのかと、足を止めて店の様子を窺う。その際に、見えた。  窓に映り込む花輪の中に、一つだけ存在する無記名の地味な花輪。その影から覗く人の姿。  関わりたくなくてその場を逃げ出しながら、俺は、今度の店も長持ちしないだろうと思った。 花輪…完
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