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──超能力者、ですか?
金谷:「まぁ、最初から順を追って話そう。あれは三年前、私がまだ新宿の会社に勤めて二年目の頃の話だ。当時の私は上司とそりが合わず、日々ストレスの積み重ねで、毎日の暮らしが堪らなく辛かった。
「そんなある日のことだ。ちょうどお昼の時間だったな、私は持参したお弁当を持って公園のベンチで横になっていたんだ。腹痛でね。……なぁ知ってるかい、あんなにもビルの多い新宿にも、公園ってあるんだよ。当たり前かな、でもおかしいだろう?
「カラスの多い日だったよ。あまりいい天気とは言えなかった。ベンチに寝そべっていた私の上に、黒いコートを羽織った男の影がぬっと現れたんだ。その男は私にこう尋ねた。『お前からは素質を感じる。もしも手に入るなら、万難を排しても超人的な力が欲しいか』と」
──それで、金谷さんは……
金谷「怪しかったが、即答だったよ。『欲しい』とね。その時の私はとにかく投げやりな気分だったのだ。熱苦しい性格が災いして上司と衝突していたにも関わらず、な。
「もちろん、その男の言うことを信じていたわけではない。ただどうでもよかったのだ。適当に返事をしただけに過ぎない。しかしそれが確かに私の人生を変えたんだ。
「男は頷くと、私に自分の目を見ろと言った。最初は面倒くさかったが、視線を合わせないなら合わせないでしつこかったから、一旦ちゃんと覗き込んだんだ。そしたら……目が離せなくなった。本当に不思議な瞳だった……」
◇
私はそこで言葉の継ぎ穂を失ってしまった。だって、そうだ、それはあまりにもファンタジーに過ぎる。
「しばらくして、男はふいに視界から消えて、茫然としたまま横たわる私に『あとは君自身がどうすればいいかを知っているはずだ』と言い残して去っていった」
「……それが、いわゆる超能力者というものになったきっかけなのですか?」
彼──金谷さんは、そう訊ねる私に乾いた笑みを澪した。
「非科学的な話に思えるか? まぁ確かにそうだろうな。どれ……」
そう言って彼は席を外すと、電話帳を手にして戻ってきた。
「ところで君は、電話帳とはどのようなものだと思う?」
「……電話帳、ですか? それはまぁ、たくさんの電話番号が載っているとか、最近じゃあまり見掛けないとか……」
「残念。電話帳とは、すなわちとてつもなく分厚い書物だ」
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