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そう私の答えを訂正しつつ、彼はゆっくりとニット帽を外した。その下に隠された痛々しい不毛地帯に、思わず視線が泳ぐ。
そう、彼の頭は禿げ散らかしている。しかしその禿げ散らかし方が普通というか、自然ではない。薄くなっているという訳でもなく、ところどころがごっそりと抜け落ちてしまったような──
「──っ、まさか!?」
「この厚さなら一本程度で問題なかろう。実際に見ないと信じられないだろうから、そのくらいはサービスでまけといてやろう。まぁ、見ておれ。……セイッ!」
彼はそのあちらこちらの頭皮が露になった檳に右手を伸ばすと、まだ残った毛髪のうち一本だけを器用につまみ、勢いよく引っこ抜いた。
「な……っ!!」
そしてそれを口の中に突っ込んだかと思うと、咀嚼し、腰に提げていたペットボトルを開けて中に入っていた水を少量口に含んで一息に呑み込んだ。
「ウォォォォッ!! MAXウケウォォォォォオオオ!!!」
ごめんなさい、その掛け声はよく分からない。
「フンモッフ!!」
ビリビリビリィィィッッ!!
「うわあぁっ、電話帳が紙のようだ!?」
そして事もなさげに厚い電話帳を、それも閉じた状態で引き裂いた。背表紙ごと綺麗に。
「……とまぁ、これが私の超能力だ」
「ど、どういうことでしょう……?」
「つまり、自分の髪の毛を引っこ抜いて食べるとものすごく身体能力が向上するということだ。ホウレン草じゃなくて髪の毛版の『ポパイ』だと思ってもらっていいだろう」
「すいません、ちょっと伝わらないんですが」
「じゃあリポビタンDだ。まぁ私の場合、『ファイトー発』というよりも、『ファイト一髪』って感じだが」
「やっぱりよく分かりませんが、とにかく、髪の毛を食べるとパワーアップするんですね?」
「その通りだ」
私は思わずそこで押し黙る。話だけ聴く限りは、超能力云々を含めてとても信じられない。だが、実際に電話帳を軽々と破く姿を目にしてしまっては、なかなか反論する要素が思い付かない。
それにしても、自らの毛髪を引っこ抜き、それを食すことで悪と戦うヒーロー。いったいどれだけシュールなんだろう。
どうやら世界は、私が思っている以上にクレイジーなようだった。
◇
──金谷さんは、いつ頃からヒーローとしての活動を?
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