鏡の中の他人

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『それで、貴方はどう思う?』。 『貴女の言う通りだと思います』。 『やっぱりそうよね。それでね』。 僕と彼女は、今日も学校の教室で当たり障りのない会話を繰り返しています。 『それで、貴方はどう思う?』。 『貴女の言う通りだと思います』。 『やっぱりそうよね。それでね』。 彼女が僕との会話で求めるのは。全面的な肯定だけですから。僕は彼女との会話ではひたすら聞き役に徹しています。 『それで、貴方はどう思う?』。 『貴女の言う通りだと思います』。 『やっぱりそうよね。それでね』。 実はこのやり取りは。僕にとっても秘かな楽しみとなっています。 『それで、貴方はどう思う?』。 『貴女の言う通りだと思います』。 『やっぱりそうよね。それでね』。 僕は彼女の事を心から愛していますが。彼女との会話では、会話以上の楽しみが一つあります。 『それで、貴方はどう思う?』。 『貴女の言う通りだと思います』。 『やっぱりそうよね。それでね』。 変わっていると思われるかも知れませんが。僕は、僕との会話の際に彼女の口の中に見える舌を見る事が好きなのです。 『それで、貴方はどう思う?』。 『貴女の言う通りだと思います』。 『やっぱりそうよね。それでね』。 僕に対して肯定を求める際に。彼女の口の中に見え隠れする彼女の舌を見る事が。毎日の楽しみとなっています。 『それで、貴方はどう思う?』。 『貴女の言う通りだと思います』。 『やっぱりそうよね。それでね』。 僕が一言“お願い”さえすれば。彼女は彼女の舌を使って。僕のありとあらゆる欲求に答えてくれるのですが。それでは意味がありませんから。 『それで、貴方はどう思う?』。 『貴女の言う通りだと思います』。 『やっぱりそうよね。それでね』。 今日も僕は最愛の彼女との会話を楽しみながら。いかにして“お願い”をせずに。彼女の心を僕の物とするか考えています。 『それで、貴方はどう思う?』。 『貴女の言う通りだと思います』。 『やっぱりそうよね。それでね』。 今、この瞬間。僕はとても幸せだと実感しています。彼女との、この関係を壊さずに。彼女の心を手に入れる事が僕の望みですから。
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