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「あまり鳴く子じゃないのにね」
「近所の子がいたずらか何かしてるんじゃないの」
「あの子は賢いの。子供は相手にしません」
「ふうん」
武が後ろを気にしながら上がり框に片足を掛けた時、犬はさらにけたたましく鳴いた。
「ちょっとうるさいかもね」
「そうねえ……」
「散歩はどう?」
「済ませたところ」
「どうしたんだろうなあ」
脱ぎかけた靴をはき直して、武は外へ回った。コロー、と呑気に上げる声の次に続いたのは妻を呼ぶ声だった。
「さっちゃん! さっちゃん!」と犬以上に騒いでいる。
若い頃は様々な武勇伝に事欠かない彼は、寄る年並みも手伝って近頃ではすっかり落ち着いて慌てなくなっているのに、ふた回り以上昔に戻ったような羽詰まった声だ。幸子が躓きながらつっかけを履いて出た先には、夫の肩にぶら下がる大男の姿があった。
「まさか……尾上君??」
「さっちゃん、タクシー! いや、救急車呼んで、急いで!」
「え、ええ!」
「――いらない」
ざらざらと、砂やすりが木の板を擦るような声で慎は応える。
「大丈夫だ、ひとりで帰れる」
「道のど真ん中でひっくり返ってたくせに、何言ってるんだ!」
「車は――呼ぶな」
もーっ、わがままだなあ! 武はぽかりと友人の頭を叩き、言う。
「とにかく横に寝かせないと。さっちゃん、布団を」
「わかったわ!」
「私は……君の家には出入り禁止だったのではないか?」
ぴたりと動きを止めた瞬間、武夫妻は異口同音に叫ぶ。
「バカ言ってるんじゃなーい!!」
犬がくうくうと鼻を鳴らした。主に手柄を褒めてもらいたいように。
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