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「救急車を呼ぶ?」
「こいつは馴染みの医者がいるんだ、奴に連絡するのが先!」
武はあっという間に病院に渡りをつけて外来の予約を取り、タクシー会社に電話をした。
「出払っててすぐ車を回せないっていうから、外でつかまえてくる。さっちゃんは僕が帰ってくるまでこいつを見張ってて」
いいね、動くんじゃないぞ! と慎に言い含め、武は飛び出した。
「相変わらずだな……生きた台風だ」
慎は力なく笑う。幸子もつられて苦笑した。
「いつもああなのか?」
「ええ。もう慣れたわ」
慎の口から喘鳴音が漏れた。
「……苦しい?」
首を横に振って答える。
「すぐ車が来るから、あと少し」
「迷惑を……かける」
「迷惑だなんて……」
幸子は一旦言葉を切り、低い声で言う。
「ありがとう」
「野原……君?」
「懐かしい。私の旧姓を知ってる人は尾上君ぐらいだわ。ずっと言いたかったの。あなたは私達夫婦の恩人。あなたがいなかったら、多分、私は武と結婚できなかった。それに……彼に言わないでくれたでしょう、あの事を」
「……忘れたよ。学生だった時分の事は……もう、昔のことだ。君もそうしたまえ」
「そうね、でも、あなたに聞きたかった。あの時、何故福留君から助けてくれたの。武を信じろと言ったの。ずっと不思議だった、武はあなたを信頼してるけれど、あなたは違う。憎んでいると。誰も信じていないあなたが、何故……」
「そうだな」
ひゅう、と口から空気が漏れた。
「私は……本当の愛を知らない……」
「尾上君」
「知らないままこの世を去ることだろう。……しかし、野原君。君たち二人は美しいユニゾンを作っていた。これ以上ないくらいの。私はその調和を乱したくなかった……君たちのようになりたかったのだよ」
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