第1章

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「救急車を呼ぶ?」 「こいつは馴染みの医者がいるんだ、奴に連絡するのが先!」 武はあっという間に病院に渡りをつけて外来の予約を取り、タクシー会社に電話をした。 「出払っててすぐ車を回せないっていうから、外でつかまえてくる。さっちゃんは僕が帰ってくるまでこいつを見張ってて」 いいね、動くんじゃないぞ! と慎に言い含め、武は飛び出した。 「相変わらずだな……生きた台風だ」 慎は力なく笑う。幸子もつられて苦笑した。 「いつもああなのか?」 「ええ。もう慣れたわ」 慎の口から喘鳴音が漏れた。 「……苦しい?」 首を横に振って答える。 「すぐ車が来るから、あと少し」 「迷惑を……かける」 「迷惑だなんて……」 幸子は一旦言葉を切り、低い声で言う。 「ありがとう」 「野原……君?」 「懐かしい。私の旧姓を知ってる人は尾上君ぐらいだわ。ずっと言いたかったの。あなたは私達夫婦の恩人。あなたがいなかったら、多分、私は武と結婚できなかった。それに……彼に言わないでくれたでしょう、あの事を」 「……忘れたよ。学生だった時分の事は……もう、昔のことだ。君もそうしたまえ」 「そうね、でも、あなたに聞きたかった。あの時、何故福留君から助けてくれたの。武を信じろと言ったの。ずっと不思議だった、武はあなたを信頼してるけれど、あなたは違う。憎んでいると。誰も信じていないあなたが、何故……」 「そうだな」 ひゅう、と口から空気が漏れた。 「私は……本当の愛を知らない……」 「尾上君」 「知らないままこの世を去ることだろう。……しかし、野原君。君たち二人は美しいユニゾンを作っていた。これ以上ないくらいの。私はその調和を乱したくなかった……君たちのようになりたかったのだよ」
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