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「私が嫌だと言ったら」
「大人げないことを言うものじゃない、君らしくもない。とにかく、掛けたまえ」
慎は上から次郎を見下ろす。
らしくない?
私らしいとは、一体何だ。
慎の視線をまともに受けても動ぜず、次郎は言った。
「妹は死ぬ直前言ったのとは別に、正式な遺言を遺している」
初耳だった。咄嗟に言い返せない慎へ、次郎は続ける。
「妹のことなら何でも知っているつもりだったか? 残念だが、彼女は君が考える以上に利口でしたたかだ。自分に何かあった時の後見には高遠の弁護士を指名している。息子が成人するまでの金銭面や法的な対応は彼に一任されている。おそらく、茉莉花は、君が正妻筋との関係を切れないとわかっていたのだろう。君たちの間で何を申し合わせていたのかはこちらは関心がない。故人となった妹の意向を第一に考えたい」
「息子の意志は――関係ないというのか」
「尾上。女々しいぞ。君の悪いところだ。君は、時折感情面を最優先させてしまう。それで全てを押し切ろうとする。過去はともかく、今度ばかりはそうはさせない。何より妹の遺志だし、前途ある若者の今後がかかっている。君も人の子の親なら、何が最善かわかるはずだ」
――兄様は、怖いのよ。
かつて茉莉花が口にしたことが蘇る。
時々、おそろしくなるの。だから、あまり会わないようにしてるわ、優しさしか見えない人ほど、奥底に潜む感情を隠しおおせるの。表に出て来ないから騙されてしまうわ。
ああ、そうだね。
慎は今はもういない愛人に語りかける。
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