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私たちは先送りしてはいけないことを放置しすぎてしまったね。
次郎には心の整理をさせてくれと頼んでその場を去った。
主がいない高遠家はがらんどうで精彩を欠いていた。茉莉花はこの家の太陽だった。
形ばかりの祭壇の供物を換え、花と水を新しくして香を焚いた。
墨跡が滲んだ白木の位牌は、そろそろ替えなくてはなるまい。
そこまで考えて、慎は苦笑する。
お前の出る幕はない、きっと彼女の兄が何もかも片付けてくれるさ。慎一郎のことも。
かけがえのない者を喪ったのは次郎も同じなのに、この心許なさ、情けなさは何だ。
なくてはならないものを永遠に喪って、人は生きていけるのか。
仕事や家族、生き甲斐を奪われてもその後の人生を立て直せる力のある者はいい。
自分はどうだ?
慎は我が身に置き換る。
無理なのだ、喪って、初めて気づかされた。
茉莉花は私の人生に深く、分かちがたく結びついていた。
女のために情けなく萎れる男、それが私だ。
君が必要だ、どこにも行かないでくれ、と口にする以上のことをしないままに彼女を逝かせてしまった。
報いを受ける時が来たのだ――
彼は今に仰向けになって伸びた。
仰臥し、薄目を開けた先にある天井を見つめる。
同じ模様が連なり、釘が打たれた板の目は、降る年月を感じさせる。
予感だった。
私は、ここではないどこかの、天井に浮かぶまだらな染みを指折り数えながら命を終える。
そう遠くないうちに。
埋められない思いは、穴が空いたバケツから水が漏れるように堕ちて戻ることはないのだから。
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