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「君は――君という人は――」
まぶしい。いつも、どこにいても、何をしていても武幸宏は武幸宏だ。ぶれず、曲がらず、真っ直ぐに、真正面だけ見ている。
「私も君のように生きたかった」
「できたのにしなかった。それだけのことさ」
さくさくと歩く男の影が、長く二人の前に伸びた。
耳元に届く車の往来の音や、鼻腔をくすぐる排気ガスと土埃の乾いた都会のおいは、二人の思いに絡むことなく世界を動かし続ける。
「彼女も、生きたかった」
シニタク、ナイ。
茉莉花の最期の言葉だ。
武は深く頷く。
「生きているものは最後の最後まで生に執着する。あきらめない。だから、我々は見苦しくても、もがいて、あがき続けなければならないんだ、それが残された我々のつとめってやつだよ。君にその覚悟はあるの」
「ない」
「情けないなあ」
「情けなくもなる。次郎に息子を渡さないと言われた」
「まあねえ、表向きは高遠さんの所の子供だもんね。自分の代で終わらせないで他の人に引き継いでもらいたいんじゃないのか?」
「茉莉花の遺志だそうだ」
「成る程。彼女は慎先生よかずっと賢かったね。息子に実のあるものを残したのか」
「君も次郎と同じことを言うんだな」
「誰だってそう思う。僕はね、十年以上あやふやな関係に甘んじてきた彼女や――そうだな、房江さんも入るね、君たち三人の駄目さ加減はよっくわかってるよ。三人とも自分の力で解決しようとしなかった。けど、茉莉花さんが賢明なのは、自分達の関係と子供は別だと割り切れていた点。君にできるのは故人の遺志を尊重することぐらいだね」
「いやだ」
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