3人が本棚に入れています
本棚に追加
「うん? 僕、聞き間違えたかな、何か不穏な発言を耳にしたけど」
「嫌だと言った」
「何言っちゃってるの」
「慎一郎は渡さない」
はあ? と武は友人を見上げた。
「いくら茉莉花の遺言だろうと、高遠に筋があろうと、きけない。彼は私の息子だ、尾上家の……次男だ」
「それが、君の本音なんだね」
「ああ。私はあがき続ける、生き残った者のつとめとして」
「じゃ、好きにするといいさ」
こん、と小石はころころと転がり、砂利にまぎれて見えなくなった先は武の自宅だった。
ちんまりとした家屋は、彼と彼の妻ふたりきりで暮らすにはちょうど良く、これ以上家族が増えない未来を暗示している。
「寄ってく? 茶ぐらい出せるよ」
「遠慮する。私は君の所へは出禁を食らってる」
「忘れてたよ。君、明日は出勤する日だろ」
「ああ」
「じゃ、また明日」
ふたりの男は門の内と外に別れた。庭先では飼い犬がワンワンと主の帰りを喜ぶように鳴いた。
「ただいま、コロ」
犬はくるりんと巻いた尻尾をリズミカルに揺らし、一声、ワンと鳴く。
「お出迎え、ご苦労」
大きく頷いて犬の頭を撫でながら「ただいまあ」と陽気な声で玄関の引き戸を開けると、犬は武の背後からワンワンとぐずるように鳴き続けた。
「まあ、珍しい。コロが無駄吠えしてる」奥から手を拭きながら、彼の妻・幸子が夫を迎えた。
最初のコメントを投稿しよう!