10人が本棚に入れています
本棚に追加
──心、読みます。覚
そんな看板が目に飛び込んできて、私ははっと我に返った。周囲を見回して、初めて気づく。
私は、まったく見覚えのない場所にいた。
どこなの?ここ……どこかの路地裏のようだけど……
駅を出たことまでは覚えてる。けれど、その後の記憶がない。無意識の内に歩き続けて、こんなところに来てしまったようだ。
私は再度、看板に目をやる。
──心、読みます。覚
心を読む、なんていう言葉が宣言文句で、覚が店名だろうか。
胡散臭さが漂う看板を掲げている建物に、私は視線を移す。
茶色の外壁の、普通の一軒家──を、ちょこっと改造した、雑貨屋?
ガラス越しの店内からは、そんな印象を受けた。
心を読む、なんて胡散臭い……けど。
私は意を決して扉を開けた。黒い壁面や間接照明が薄暗い印象を与えるのに対して、並べられている雑貨はどれも可愛らしい。
束の間見入っていた私は、声を掛けられるまで近くに人がいることに気づかなかった。
「いらっしゃいませ」
「わぁっ!?」
「あぁ……驚かせてしまってすみません。僕は、一応、店主の覚野(かくの)サトシと申します」
「……一応?」
「はい。まぁ、色々と事情がありまして……」
言いづらそうな苦笑を浮かべ、髪を掻いた。いや、言いづらそうではなく、一介の客に、店の事情を話す義理などない。
そんな雰囲気だ。覚野さん自身、人を寄せ付けない雰囲気がある。
首元に黒のストール、黒のシャツ、黒の手袋、黒のジーンズ、黒のスニーカー。全身黒ずくめ。
髪も肩口まで無造作に伸びていて、整った顔立ちを台無しにしている。およそ人前に出るような感じの人じゃない。
「看板を仕舞って気楽に過ごしたいと思ってるんですが……どうも需要があるらしくて……」
「看板ってあの、心読みますの?」
「そうです」
その瞬間、覚野さんの瞳が、表情が、雰囲気が変わった。
「僕、人の心が読めるんですよ」
そう断言する覚野さんは、生き生きとしている。さっきまでの、及び腰の彼とは別人のようだ。
最初のコメントを投稿しよう!