第1章

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──心、読みます。覚 そんな看板が目に飛び込んできて、私ははっと我に返った。周囲を見回して、初めて気づく。 私は、まったく見覚えのない場所にいた。 どこなの?ここ……どこかの路地裏のようだけど…… 駅を出たことまでは覚えてる。けれど、その後の記憶がない。無意識の内に歩き続けて、こんなところに来てしまったようだ。 私は再度、看板に目をやる。 ──心、読みます。覚 心を読む、なんていう言葉が宣言文句で、覚が店名だろうか。 胡散臭さが漂う看板を掲げている建物に、私は視線を移す。 茶色の外壁の、普通の一軒家──を、ちょこっと改造した、雑貨屋? ガラス越しの店内からは、そんな印象を受けた。 心を読む、なんて胡散臭い……けど。 私は意を決して扉を開けた。黒い壁面や間接照明が薄暗い印象を与えるのに対して、並べられている雑貨はどれも可愛らしい。 束の間見入っていた私は、声を掛けられるまで近くに人がいることに気づかなかった。 「いらっしゃいませ」 「わぁっ!?」 「あぁ……驚かせてしまってすみません。僕は、一応、店主の覚野(かくの)サトシと申します」 「……一応?」 「はい。まぁ、色々と事情がありまして……」 言いづらそうな苦笑を浮かべ、髪を掻いた。いや、言いづらそうではなく、一介の客に、店の事情を話す義理などない。 そんな雰囲気だ。覚野さん自身、人を寄せ付けない雰囲気がある。 首元に黒のストール、黒のシャツ、黒の手袋、黒のジーンズ、黒のスニーカー。全身黒ずくめ。 髪も肩口まで無造作に伸びていて、整った顔立ちを台無しにしている。およそ人前に出るような感じの人じゃない。 「看板を仕舞って気楽に過ごしたいと思ってるんですが……どうも需要があるらしくて……」 「看板ってあの、心読みますの?」 「そうです」 その瞬間、覚野さんの瞳が、表情が、雰囲気が変わった。 「僕、人の心が読めるんですよ」 そう断言する覚野さんは、生き生きとしている。さっきまでの、及び腰の彼とは別人のようだ。
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