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もしかして、看板のあの一文字は、「おぼえ」と読むのではなく、「かく」と読むのかもしれない。
僕が心を読みますよ、という意味を込め、苗字の一部を店名にした。
──あれ?でも、一応の店主ってことは、本当は違う人が店主ってことだよね?矛盾してる?
と、一人で考え込んでいたからか、覚野さんが私の顔の前で手を振っていたことに数秒遅れて気づいた。
「もしもーし、生きてますかー?」
「えっ。はい、生きてます」
「良かった。反応がなかったから。考え事でも?」
「はい……あ、でも、心読めるんじゃ、何考えていたか分かりますよね」
「いや、心を読むのは、相手の体に触らなきゃ出来ないんだ」
「そうなんですか」
「うん。で、話を本題に戻すけど」
覚野さんの口調が改まる。って、本題?
「依頼、します?」
「依頼?」
「そう。ここまでどうやって来たか覚えてる?」
その質問には、首を横に振るしかない。気づいた時には、あの看板を目にしていたのだから。
「でしょ。ここはね、誰かの心を読んでほしい人が、何かに導かれるように、迷いこむ場所なんだ。あなたもそうでしょ?」
誰かの心……。確かに、私には今、心を読んでほしい人が一人いる。だから、頷くしかなかった。
覚野さんの顔に微笑が浮かぶ。
「そういう人たちの為の依頼、なんだ。誰かの心を読むということはその人のプライバシーに関わることだから、無償でというわけにはいかないから。でも依頼というシステムである以上、依頼者以外の人に心を読んだということは伝えないから安心して。僕は秘密主義者だから。──あっでも」
微笑が、苦笑に変わる。
「他人のプライバシーに関わることですから、料金はちょっとお高めになってまして……」
「……どのくらい?」
「依頼内容によります。──依頼、します?」
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