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財布から前金の五千円を渡すと、覚野さんは丁重に受け取った。
「確かに。では──んー、余裕を持って三日後、ぐらいにまたお越し下さい。その時までに、彼氏さんの心を読んでおきます。──っと、忘れるところだった」
覚野さんは手近なメモ帳に何かを書いた。それを丁寧に破って、私に差し出す。
「ここは、意識して来れるような場所ではないので、三日後、駅に着いたら連絡下さい。迎えに行きます。帰り道も、案内します」
渡された紙には、電話番号が記されていた。私はそれを大事に仕舞う。
必要ないです、という場所にこの建物がないのは事実。迎えも帰りも、どうやって来たのか分からないので必要だった。
覚野さんの後を着いていく。けど、立ち上がって二、三歩もいかない内に、「あっ、そうそう」と振り向いた。
「内田さん、看板の一文字ですが、あれは『おぼえ』でも『かく』でもなく、『さとり』と読むんですよ」
「……さとり?」
「そう、覚。──あれです」
そんなことまで読まれてたのか、と思いながら覚野さんが示した物に視線をやった。
それは、額縁に収まった、一枚の絵だった。人間のような体だけど、全身を黒い手で覆われている、怪物のような絵。
「あれは、妖怪です。妖怪、覚」
心を読まれたわけじゃなく、首を傾げて見ていた私に、覚野さんはそう説明した。
「妖怪?」
「山奥に棲む、人の心を見透かすことが出来ると言われている妖怪。僕は、それに取り憑かれてるんです」
「……え?」
あまりにも突然な告白に、自分でも呆れるほど間抜けな声が出てしまった。恥ずかしい。
コホン、と咳払いを挟む。
「妖怪に、取り憑かれてる?」
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