the present 1

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 そう胸の中で呟くと、ゆっくりとドアの前に立ち、佐々倉と並ぶ。その気配に気づいた佐々倉がようやく手と声を止めて、勢いよく首を回し、方総を見た。その時になって初めて、彼は方総の存在をはっきりと認識したようだった。 「誰だ、お前?」という眼差しを横顔で受け止めた方総は、一瞬できた間をすかさず奪い、佐々倉のするノックよりやや控えめな音で扉を叩き、 「晶久」  中にいるらしい友人の名を呼んだ。 「!!?」  すぐ隣で、佐々倉が息をのむのが分かった。目を見開いて、つかみかからんばかりの形相をしているのを感じた時、ドアの向こうで鍵が解除される音がした。そして次の瞬間、ガチャッと音がして扉が開き、同時に中から人が飛び出してきた。 「な?!」  と、佐々倉が声を上げたのが先が、晶久が方総の胸に飛び込んできたのが先か。それを気にする者は今ここにはいない。  少し後ろに下がって、一連の動向を傍観していた隆行は、やれやれと息を吐き、佐々倉は想像もしていなかった展開に目を見開いたまま、声も出せずに固まっている。  半歩、足を後ろに引いて晶久を受け止めた方総は、その身体を、相手がいちばん心地良いと感じる拘束感で抱きしめてやる。すると、ぎゅうっと力を込めて晶久がしがみついてきたので、幼い子どもにするかのように、右手で彼の後頭部をぽんぽんと叩いてから、 「一旦離れろって」  柔らかな声音で言った。 「やだ」  記憶していたのより、ほんのわずかに低くなった声が、記憶の中と同じ口調でいうのを聞いた方総は、吐息のような笑みを漏らす。 「中に入れないだろ」  やさしく諭された晶久は、腕をほどかないまま顔を上げて、頭一つ分と少し背の高い方総をじっと見上げた。  周りに誰かがいることなど一切気にせずに、ただ黙って視線を交わした後、晶久は何も言わずに身体を離し、背を向け、部屋の中に入る。その背中は、方総が自分に続いて入ってくることを疑っておらず、方総もまた、自分が拒否されることがないことを知っていた。
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