the past 1

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 中学二年に進学する春休みの最終日、生徒会長補佐として生徒会に籍を置いていた方総は、入学式の準備に借り出されていた。 (生徒会なんて、ようは雑用係だよな)  体育館に数えきれないほどのパイプ椅子を並べ終え、ひとまず休憩がもらえたので、自動販売機でジュースを買い、万が一誰かに出会って用事を言いつけられたらたまらないので、人気のいないところを目指して歩いている内に、正門の付近に来ていた。 (意外とここって、人がいないんだな)  体育館の中と周りは主に生徒会役員と執行部員、他にも借り出された生徒たちがうろうろしているし、校舎の中は先生たちが忙しそうに動き回っていたが、正門周辺は何の用事もなさそうで、誰もいない。 (あ、でも、立て看板とか、そのうち置きに来るのか?)  去年、初めてここをくぐった時、「恵桐学園高等学校 中学校 入学式」と書かれた看板が、あったような気がしないでもない。あったのだとすると、ここでもあまりのんびりしてはいられないのだろうか。そんなことを考えつつも、これ以上どこかに移動するのも面倒で、正門から少し右にずれたところにある花壇を囲ってある煉瓦の縁に腰掛けて、炭酸飲料のプルトップを開け、口をつけた。  誰にも会わずに半分ほどジュースを飲み終えた時点で、ついに話し声が聞こえてきた。 (三分も経ってねぇし)  時計を見るまでもない。短い休息時間だった。しかし、聞こえてきたのは正門の辺りからだ。ということは、自分に用事を言いつける人間ではないだろうと思い至り、安心を覚えて声のする方を見た。するとそこには、思いがけない光景があった。  学園随一の美少年として知らない者はいない仁志晶久の顔が、二つ。一つは、カーキ色のパーカーにデニムパンツを身に着け、もう一つは、白のニットに同じくデニムパンツを穿いている。 (双子だったのか……)  もちろん顔と名前は知っているし、知られてもいるだろう。だが、朝や帰りに挨拶を交わすような間柄ではない。一年の時はクラスが隣で、何の接点もなかったこともあって、おそらく、一度も話したことはないと思う。彼に関してはいろんな情報がそこかしこで流れているが、方総のもとに、彼が双子だという情報は入ってきていなかった。噂話に疎い方ではないはずなのだが。
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