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晶久は、さっき方総の存在に気付いた時とは比べ物にならないほどの打撃を受け、目を見開き、口もきけなくなったようだった。
「そういう顔するのがわかってたから、言いたくなかったんだよ」
立ち上がりながら言った方総の言葉も、もしかしたら届いていないかもしれない。
二人の間に、重い沈黙が横たわる。このまま、固まってしまった彼をおいて、この場を去っていいものなのだろうか。一緒にいたところで、この気まずさを通り越してしまったかのような沈黙が破られることなく続くだけなのだろう。だったら、もう、今の会話はなかったことにして、体育館に戻ってしまおうか。だが何も言わずに立ち去るのもどうだろう。そんなことを考えて、結局足を動かせずにいたところへ、
「方総!」
耳に馴染んだ声に呼ばれた。声のした方へ身体ごと振り返ると、
「休憩終わり。手伝え」
生徒会長の片瀬諒介(かたせりょうすけ)が、体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下からこちらに向かって歩いていた足をを止め、軽く顎をしゃくった。
「十分も経ってないですよ」
方総は、完全に頭の中を切り替えると、まだ動けずにいる晶久をもう気に留めることはせず、片瀬の許へと向かう。
「俺は休憩すらしてない」
「だって肉体労働してないでしょ」
「周りをまとめて指示を出すのが俺の仕事」
方総が自分と並ぶのを待ってから歩き出した片瀬は、ニヒルに笑って自分の補佐役に言った後、その後輩の右手にあるジュースの缶に眼をやり、
「それ、残ってる?」
と尋ねるが、
「飲み干しました」
あっさりと答えられてしまう。
「あっそ」
片瀬が小さく口を尖らせたところで、ちょうど缶用のごみ箱があったので、方総はそこに空き缶を投げ入れた。
もう肉体労働はしたくないな。と、ぼんやり思いながら歩く方総に、
「一緒にいたの、仁志晶久?」
と、片瀬が話を振ってきた。
「はい」
何を話していたのかと訊かれたら、何と答えればいいだろうと、一瞬の間に頭を巡らせたが、片瀬はそんなことに関心はないらしかった。
「なんでアイツ、今日ここにいんの? あ、寮生か。でかいカバン持ってたしな」
「寮生って、一日早いんですか?」
大きなカバンを持っていたことに、自分は気付いていなかったことを知るが、そこには触れず、話を続ける。
「うん。在校生はな。一年は、明日入学と同時に入寮だけど」
「へぇー」
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