the past 1

10/29
前へ
/79ページ
次へ
「おれが知ってるのに知らないって、情報通のお前にしては珍しいな。まあ、でも、さすがに大きな声で言ってるヤツはいないから、隣のクラスまではまだ流れてなかったのかもな。――休み明けだか前だかに、寮で、ついに三年に手ぇ出されたらしい」  背中を窓枠に預けながらの前置きの後、聞かされた短い内容に、方総の眉がしんなりと顰められる。 「あくまで『らしい』だけどな。本人に直接訊くヤツなんていないし、寮生の中にも、ちゃんと知ってる生徒はいないっぽい。緘口令敷かれてんのかも。けど、人の口に戸は立てられないから、なにがどこまで本当かわかんないけど、噂は流れてる。で、それを裏付けるかのように、仁志の様子がなんとなく、いつもと違ってた。そう思ってみるからかもしれないけど、なんか、ピリピリしてるように見えたんだよな」  最後、呟くように言ってから窓枠から背を離した隆行は、それまで黙って、険しい表情のまま話を聞いていた方総を見ると、 「首突っ込むなよ。寮のことはおれらの管轄外なんだから」  と忠告してきた。 「突っ込まないよ」  見当違いな友人の心配に、方総はあっさり応えると、窓を閉めて、エアコンの電源を入れた。  実際、係わるつもりは毛頭なかった。真実を知りたいとか、他人の秘密を暴きたいとかという欲求はないし、行き過ぎた正義感も持ち合わせていない。その噂が本当なら、当然のこととして、許されるべきではないと思う。しかし自分は完全な部外者で、はっきり言ってしまえば、心配する義務もないとさえ思っていた。ただ、 (双子の片割れには、何て言うつもりなんだろう)  と、ふと思って、すぐにどうでもよくなっただけだった。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加