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慶一郎は、二人の四段下を黙って上っている。
「ココ?」
学校の校舎を示しているのか、生徒会を示しているのか、恵桐学園全体を示しているのか、響が首を傾げるが、
「ああ」
方総は短く頷くだけで、はっきりと答えない。答えを濁しているというわけではなさそうだが、わからない相手に敢えて説明をする気はないのだろう。覚えのある方総とのやり取りに感慨にふける前に、響は考える。そして思いついた。
「もしかして、仁志先輩、ですか?」
「え?」
と、声を出して反応したのは、二人の後ろを歩く慶一郎で、方総は、否とも応とも答えず、響の目を見て、微かに右の口角を上げただけだった。それを肯定の表情と受け止めた響は、
「藤堂さん、ついに匙投げちゃったんですね」
小さな苦笑いを見せた後、
「そっか、先輩釣ろうと思ったら、仁志先輩出せばいいんだ。あ、でも、そうすると仁志先輩の逆鱗に触れるのか……」
と呟いて、方総の笑いを誘った。
「何だよそれ」
三階までの階段を上り切って、方総は相変わらず前を向いたまま響と並んで廊下を歩く。
「去年のホームカミング・デイ、先輩が来るの期待してたやつら、多かったんですよ?」
年に一度、文化祭の最終日に、学園のOBなら誰でも参加できる日が設けられていて、ホームカミング・デイと称されるその日は、意外に多くの卒業生と在校生で賑わうのだ。
「あー、あの日は、先約があったんだよ」
事実を口にする方総に、
「そんなの、なかったとしても来なかったでしょ?」
彼の言葉をほとんど信じていない響が、確信を持って尋ねる。
「誘われれば来たよ」
笑って答える方総にも、響は内心、
(どうだか)
と言いながら、一歩方総の前に出て、辿り着いた生徒会室のドアノブに手を伸ばした。ノックなしに扉を開けると、中にいた三人の生徒がそろって視線を向けてきた。否が応でも目に入る、白と薄いブラウンのボーダーのTシャツにデニム姿の方総を見て、三人三様の反応を示す。
一人は、「誰だ?」といぶかしむ眼差しを向け、一人は、
「方総?! どうしたの?!」
と、驚きと笑顔を見せ、その彼に、
「久しぶり」
と方総が返している声に被せて、最後の一人が、
「遅い!」
二人に続いて部屋に入った慶一郎が、思わず扉を閉める手を止めてしまうほどの音量で声を上げた。
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