the present 1

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 と、まじめな面持ちで言って方総の顔から微かな笑みを引き出すと、食堂と談話室のある方へと去っていった。  その後も、一階の廊下で一学年上の生徒に同じようなことを言われて肩をたたかれ、二階へ上がる階段の途中で一年生と思しき知らない生徒にぎこちなく会釈をされ、踊り場では、またかつての同級生に、まだ何もしていないのに、ありがとうと感謝された。  二階に着き、廊下を視野に入れた途端、 「あ」  隆行が小さく声を出した。彼の視線の先には、制服を着た生徒が一人いて、方総の記憶が正しければ、その生徒が立っているのは207号室のドアの前だった。 「アレが諸悪の根源」  まだ彼まで少し距離があって、きっと、隆行の声は彼に届いていない。  若干、歩幅を大きくしてその生徒に近づいて行く隆行は、今度は確実に聞こえる声で彼を呼ぶ。 「佐々倉!」  目の前の扉をノックして部屋の中に声をかけていた彼、佐々倉敏彦(ささくらとしひこ)は、動きを止めてこちらを見た。が、すぐにまた扉に向き合うと、再びノックをして、 「仁志!」  部屋の中に届くだけの声で呼びかけた。 「ったく」  舌打ちするように言い捨てて、さらに大股で近寄っていく隆行の後ろから、方総は黙って、佐々倉と呼ばれた同い年の少年を見る。  制服を着ていても何かスポーツをやっているとわかるがっしりとした体躯。短く刈られた髪が、さらに彼を体育系の人間だと言わしめている。身長は自分と同じくらいだろう。しっかりとした眉と切れ上がり気味な目が、彼の意志の強さを表し、太く、よく通る声には自分自身に対する過剰なまでに強い信頼が滲み出ている。 「お前、ほんと、いい加減しろよ」  すぐそばまで近づいて、ため息交じりにこぼす隆行を無視して、佐々倉は、扉の向こうへ語りかける。 「なあ、仁志、お前、昼食ってないんだろ? 出て来いって」  しかし返事はない。それでも彼がドアノブに手を伸ばさないのは、許可なく中に入ることを遠慮しているからではなく、鍵が掛かっているからだろう。 「なぁ! 仁志」  なおも扉を叩いて声を上げる佐々倉を見ていた方総だったが、 (毎日この勢いで来られたら、誰だって参るだろ)
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