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白銀の雪が、遅い朝日に輝いている。
山の奥、訪れる人など皆無である、深く分け入った少し開けた場所に教会はひっそりと建っていた。
周囲にはすっかり葉を落としてしまった樹木たちがそれぞれの縄張りを保ちながら華やかな季節を待っている。
空へと伸ばされた枝には、罰を与えるように降り続いた雪が重くのしかかっていた。
時折、その重みに耐え切れず、営みを諦めてしまった枝と共に行きが地に落ちる音の他には何も聞こえなかった。
その空間には、樹木以外の生命は存在していないような気さえしてくる「白」と「灰色」に包まれた世界。
そこへ、その体重で雪を踏みしめながら一人の男が歩いてきた。
一歩、また一歩と自分が地を歩いているのを確認するようにゆっくりと教会へ向かっていく。
入り口である扉の前まで来ると、一度空を見上げた。
澄んだ空気が取り巻いている。
気温こそさほど上がらないが、太陽は眩しいくらいに世界を照らし出していた。
男は右手を掲げて陽光から目を庇うと、急に興味を失ったように教会へと視線を戻し、ゆったりとした足取りで扉に近づくとおもむろに押し開けた。
木造特有の軋みを上げて開かれた扉の向こうには、外観とは趣の異なった内装が広がっていた。
正面に伸びる通路の果てにキリストが憂い顔をしたまま十字にかけられて頭を垂れ、最奥には十色のステンドグラスで象られたマリアが苦しみを知らぬような微笑みを讃えて、全ての人間の身代わりとして処刑された神の子を見つめている。
右には弾き手を失ったパイプオルガンが鎮座し、左には神父が説教をする場であろう祭壇が教卓と共に、冷やかな空気の中にあった。
誰が、何の目的で、こんな辺鄙な場所に教会など建てたのだろう。
何度訪れても、答えを返してくれる者はいない。
以前は、山の麓まで清らかに、澄んで美しい、神を讃える歌が風にのって響き渡っていたのだろうか。
神父が、人間のあるべき姿を説いていたのだろうか。
救いを求める人々が祈りを捧げ、そして待っていたのだろうか。
救世主が再臨し、愚かな反逆者が巣窟するこの「地球」を蘇らせてくれることを…。
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