1人が本棚に入れています
本棚に追加
漆黒に浮かぶ月は仄かな道標。
道を見失った者たちは夜をさまよう。
そして月を求め…軌道修正できるのはホンの一握り。
道を外れた者は戻ることを許されるはずもなく…。
今宵の月は、重く淀んだ雪雲に包み隠されて垣間見ることもできなかった。
月影の代わりに、聖夜を待ちわびるイルミネーションが煌めいている。
冬枯れの街は、眠ることを許されない。
疲れを知らない若者たちは我が物顔で世界を闊歩し、支配している。
気温は時間を追うごとに華氏へと近づいて、吐息さえ凍りついてしまいそうだ。
笑顔を振りまき、営業を続けるプラカード持ちはささやかな幸福を男たちに約束している。
誘いを断り切れなかったものは、束の間の愛に溺れるのだ。
まやかしの温もりに包まれて安堵するのだろう。
行き過ぎるざわめきをぼんやりと見つめ、青年がガードレールに腰を落ち着けていた。
一見、待ち合わせをしているように。
視線の先はあやふやで何を映しているのか定かではなかったが…。
「何でここにいるんだろう…」
呟きは誰にも届かない。
答える者のない問いが空虚に吸い込まれていく。
雑踏は時にとても優しい。
煩わしい関わりを絶ってくれるからだ。
自分だけの時間をくれるからだ。
「そうだ…逃げ出してきたんだっけ」
突き進まされた自分。
闇雲に走り回り、たどり着いた場所。
「ここは…どこだ?」
「ここは虚飾の街。目に映るものを信じてはいけない」
俯いたまま目を剥いた青年。
驚きを隠さぬまま、ゆっくりと声が聞こえた方向へと視線を移した。
青年を見据えたまま、男が向かいに立っていた。
「あんた…だれ?」
「私はわたし。
ただの私だ」
「いや…そんなことを聞いてるんじゃなくて…」
「ああ、呼び名のことか。
天海翼(あまみ たすく)と呼ばれている」
「あまみ…たすく、さん?」
名前を繰り返しながら、繁々と男を眺める。
端正な顔立ちはハンサムというより、綺麗と称したほうがしっくりくる。
色素が薄いのか、夜だというのに栗色に輝いている長髪を、ゆるくひとつに纏めて腰のあたりまで流していた。
最初のコメントを投稿しよう!