絆を略奪する者

3/10
前へ
/40ページ
次へ
同色の瞳には先の忠告を裏付けるような厳しい光が宿っている。 すっと通った鼻梁。 形の良い薄い唇が再び動いた。 「こんなところで何をしている?」 「それを考えてたとこ…」 翼と青年の間を流れる空気だけ、時間の流れが違っている。 躍動する周囲に反した空間だった。 「君は誰だ?」 「さあ…」 「呼び名を、尋ねているのだが?」 「…天羽 翔(あもう しょう)…」 「天羽 翔。 君はなぜここにいる?」 「わからない…」 まるで精力を失った老人のようだ。 項垂れた翔は、自分が吐き出した魂のゆくえを視線だけで追った。 外気とは異なる温度の空気は白くゆらゆら揺れている。 「なぜここにいるのか、どうしてここにいるのか…」 「失っているのは…記憶じゃない」 ぼそぼそと呟いた青年の言葉に、翼は強い眼差しを向けて宣言した。 「忘れてしまっているんだな、君も…」 短い吐息とともに紡がれた忘却の意味が、翔には理解不能だった。 「忘れてる? なにを?」 視線が交わる。 ガードレールに腰をかけているとはいえ、翔は180近い身長なのだが翼を見る目線の高さは頭一つ分の差があるようだ。 容姿に加え、体躯も申し分ないほど整っていた。 均整の取れたシルエットは女たちの不躾な注目を浴びている。 「話をするには向かない場所だな。君さえよければ私の住まいへ招待するが?」 翼にとって周囲の視線は全く気にならない。 だが、一緒にいることで好奇の目に晒される翔と、このままこの場所にいるわけにはいかなかった。 「どこでもいい。 …どうでもいい。俺は…」 「どうでもいいなら…ここに留まっている理由はないだろう?」 「…」 「忘れているものが何なのか、気になるなら…」 全てを語ることはなかった。 微かな意志が、青年の瞳に揺らめいたから。 優美な笑みとともに、翼は右手を差し出す。 「おいで」 差し出された手を見つめながら、ゆっくりと翔は腰を上げた。 翼はくるりと踵をかえして歩き出す。 優雅に人混みを躱しながら先を歩いていく彼の後ろに翔がついていく。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加