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彼の周り。
空気の層が幾重にもなっているかのように対峙している人波は、ことごとく彼を避けていた。
人目を惹く外見と、相反するようなその光景は翔の目に違和感を起こさせる。
纏い付く数々の視線をものともせず。自分のペースを保つ彼に、少しずつ興味が湧いてきた。
これは自分が自分であるという自信から来るのか。
それとも拘りを持たないから自分を持続できるのだろうか。
覇気のなかった心が揺れ動かされる瞬間は、こんなに簡単にやってくる。
翼なら何かをする。
翼を知れば、何かが変わる。
自分の中にくすぶり続けている何かが解る。
そう思った翔の視界の中で翼の髪が揺れている。
黒の、仕立ての良さそうなロングコートの裾が翻る。
どんな出来事も翼を引き立てる小道具にしかならない。
動作の一つ一つに品がある。
「なぁ…あんた、天海さん」
「何だ?」
「クリスマスが近いのに…彼女誘わないの?」
「振られた」
「振られた? あんたでも振られたりするのか。
見る目がないな」
「仕方がない。
私はわたしだから」
「追いかけようとも思わないんだ?」
「ああ」
「そう…」
急速に萎えてゆくのは純粋な好奇心。
翔はやっと警戒し始めた。
このままついて行っても良いのだろうか。
このままついて行くとどうなるのだろうか。
この男が自分を保っていられるのは執着しないからだ。
物でも人でも、執着しなければそこに在るだけの存在だ。
「俺もそうなのかな…」
「どうした?」
「どうして俺に声をかけたの?」
「迷い子に、なっているようだったから」
「え…?」
「もうすぐ着く」
「俺、わからない…」
「わからないから、わかりたいと思うんだろう?」
「天海さんについて行けばわかるの?」
「私は君ではない。
君にしか理解できないよ、きっと」
歩調は変わらない。
流れていく人波も、華美なイルミネーションも。
それでも自分は変われるのか?
何かがわかるのか、変化するのか?
今のままではきっと何も起こらない。
何かを起こすには、何かをしなければ。
行動しないなら、始まりも終わりもない。
今度こそ、翔は決意した。
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