ヒトリメ

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ヒトリメ

 ガンガンと、堅い扉を叩く音がする。しかし、彼をあそこから出すわけにはいかない。  高校の時から、僕は彼の事が羨ましかった。明るく人気者な芸能人、生徒会長に選ばれる程に人望の厚い奴、ハードボイルドで校内でも人気者な先生。  そんな色濃いメンバーを引きつける彼は、友人のいない僕にとっては憧れであり、憎きライバルでもあった。いや、正直に言おう。僕は彼が羨ましかった。  だからこそ、彼は死んではいけない。死なせてはいけない。  きっと彼が死ねば、沢山の人間が悲しむだろう。その人数は、僕と比べれば火を見るに明らかだろう。  実際、僕が死んで悲しんでくれる人間なんているかわからない。両親は仕事に夢中でいないも同然だ。兄弟もいない。もしかしたら半年以上前に病院のベッドで一緒に話をした彼女や、職場の同期のあいつ、遠い昔に距離を置いてしまった幼馴染みくらいは……。  いや、どうせ鼻で笑われるだけだ。  そうだ……彼は、何も無い僕より遥かに生きる価値がある。  捕まれる右腕。そしてすぐさま、激痛と共に全神経が麻痺する。あっという間に僕の視界は真っ白になった。 (はは、死とはあっけないものだ。だが、これくらいが僕にはお似合いだ)  崩れ逝く意識の中、様々な記憶が脳裏を駆け巡る。これが走馬灯という物なのだろうか。ならせめて、痛みで絶叫していたとしても、身体がへしゃげたとしても、笑っていよう。出来る限り、満面の笑みで最期を迎えてやろう。 「――――!」  ふと、名前を呼ばれた気がした。この世でもっとも呼ばれたくない、呼んで欲しかった人物からの、声。 ――なんだ、ちゃんと僕の名前、覚えて…………  耳障りな音と共に、僕の意識はそこで完全に途切れた。
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