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今日僕は、長谷部(はせべ)紫(ゆかり)に告白をする。
夏休み特別講習の最終日、僕は一つの決意を胸に、熱気のこもる廊下を足早に歩いていた。
成功の見込みはほぼない。去年同じクラスだったとはいえほとんど話したことはないし、ただの一方的な片想いなのだから。
一階への階段を降りて、昇降口に急ぐ。彼女の靴箱を確かめると、そこには既に綺麗に揃えられた上履きが置かれていた。
(うわ、もう帰っちゃったのか。……走って間に合うか?)
僕は慌てて靴に足を突っ込むと、眩しさのあふれる外へと飛び出していった。
校門を出て、駅までの道を真っ直ぐに走る。人の波をかき分けて、曲がり角を曲がった瞬間、僕ははっと息をのんで足を止めた。
遠く続く並木道、風にさざめく葉が落とす淡い木陰に、彼女はいた。さらさらとなびく長い髪をそのままに、ぼんやりと立ち尽くしている。その端正な横顔に僕の心臓がドクンと音を立てた。
いざ本人を目の前にしてみると声をかけることすらままならない。照りつける夏の日差しがアスファルトに反射して、熱く火照った体から汗が噴き出す。頭上にわんわんと響く蝉の鳴き声が夢中で走った後の息切れをかき消していった。
その時、気配に気づいたのか彼女がふとこちらを向いた。深い色の瞳と目が合う。と、次の瞬間、彼女の表情が驚きに固まった。
「……文也(ふみや)?」
「えっ」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。確かに今、彼女は僕を文也と呼んだ。名字ではなくて、名前で。
彼女は信じられないというように、突っ立ったままの僕を見つめていたが、やがて我に返ったのか、はっとした顔をして慌てて鞄に何かを押し込んだ。そしてこわごわといった様子で僕に声をかける。
「あの、宮田(みやた)君、だよね?」
「あっ、はい! 宮田です。去年同じクラスだった」
彼女は覚えているというように頷くと、そのまま口を閉ざしてしまった。ぎこちない空気が二人の間に流れる。改めて向き合ってしまえば、さっき彼女に感じた違和感も全て吹き飛んで緊張に動悸が速くなった。瞬く間に頭の中が真っ白になる。
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