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河川敷に並んだ屋台の灯りが隣を歩く彼女の横顔を照らす。深い紺の地に鮮やかな朝顔の咲く浴衣を着た彼女は、いつもより大人っぽい雰囲気をまとっていた。花飾りで結い上げた髪や伏せられた睫毛一つ一つに息苦しいほどの緊張を覚える。十六年間生きてきて、こんな風に好きな子と歩くのは初めてのことだった。
「花火、楽しみだね」
「うん」
彼女と話したいことは沢山あるはずなのに、それは何一つ形を成さずに会話は途切れ途切れになってしまう。沈黙が降りるたびに必死に言葉を探しながら、僕は俯きがちにぎこちなく歩くので精一杯だった。
「去年は用事と重なって来られなかったから、お祭りは久しぶりなんだ」
何とか口にしたそんな言葉も、彼女にとってはどうでもいい情報じゃないかと、言ってしまってから後悔する。彼女が手にした巾着袋が二人の間でゆらゆらと揺れた。
「私も……一年の時は、確か部活があったから」
「長谷部さんは演劇部だよね?」
僕の問いに彼女は小さく頷くと、今日初めての笑顔を浮かべて言った。
「ありがとう」
突然彼女の口から出たお礼の言葉に、僕はその意味がわからずぽかんとしてしまう。
「え? なんでお礼?」
「去年の文化祭での発表会、観に来てくれたでしょ?」
僕は驚いて彼女を見返した。どうして知っているのだろう。高校生の演劇とはいえ、会場には多くの人がいたのに。けれどそんな疑問よりも嬉しさの方が何倍も大きくて、僕は勢いづいて話し始める。
「観に行ったよ。長谷部さんが主役だったよね。すごく演技上手いなって感動した」
忘れもしない、あの劇こそが、僕が彼女を好きになるきっかけだったのだから。
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