15人が本棚に入れています
本棚に追加
「わ、長谷部さん見て。風鈴売ってるよ」
チリンチリン、と透き通った音に目をやると、そこにはいくつもの小さな風鈴を吊るした屋台があった。
「珍しいね」
そう言って隣を見れば、彼女は瞬きもせずにそちらに目を奪われている。
「欲しい?」
控えめにそう尋ねると、彼女は目線をそのままにこくんと頷いた。それから一目散に屋台の方へ駆けていく。その思いがけない無邪気な一面に、僕は思わず微笑んで彼女の後を追った。
「どれがいい?」
赤い提灯に照らされて、様々な模様の風鈴はどれも目移りがするほど綺麗だったが、彼女は迷うことなくそのうちの一つを手に取って僕の方へ掲げた。
「これにする」
それは繊細な波模様が描かれたものだった。硝子の球は青のグラデーションになっていて、光に透かせばまるで海の底から空を仰いでいるようだ。
財布を取り出そうとする彼女を制し、僕は店のおじさんにお金を渡す。
「それじゃ……行こうか」
照れくささに背を向けて歩きだすと、彼女は風鈴を大切そうに抱えたまま慌てて駆け寄ってきた。
「宮田君、悪いよ」
「いいよこのくらい。せっかくだからさ、おごらせて」
そう言ってから僕はすぐに、形に残る物は重かったかもしれないと思い直した。それもこんな、恋人でも無い男から買って貰った物なんて。
けれど手元の風鈴に目を落とした彼女は、小さく微笑むとありがとう、と呟いた。
「……懐かしいな」
「え?」
「ううん、何でもない。私、絶対大切にするね――今日の思い出に」
そう言って顔を上げた彼女は嬉しそうに笑っているのに、どこか寂しげに見えるのは僕の気のせいだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!