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それから程なくして運ばれてきたビールに松井さんが唇をつける。 でもそれはつけるだけで、量はまったく減っていかない。 この人が下戸で有名なのは先輩たちから聞き及んでいる。本格的に酔いが回る前になんとしてでも帰らねば。 決心した私は、一度彼のほうに向き直って今夜の締めくくりのようなお礼を言った。 「今日はわざわざ私の成人祝いまでありがとうございました。機会があればまた大学のほうにも顔を出してくださいね」 さりげなく彼の手からグラスを遠ざけながらそう言うと、当の本人は困ったような顔で微笑み、そして小さく頷いた。 良かった。 これで無事お開きできそうだ。 心の中で安堵しながらテーブルに出していたケータイやハンカチをバッグに仕舞っていると、唐突に彼の手が私の帰り支度を止めた。 お酒のせいなのか、松井さんの手はとても熱かった。
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