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「お気持ちはすごく嬉しいんですけど、他にす……」 今度こそ最後まで言い切ろうと口を開いた私の言葉はそこで遮られた。 「待て。NOなら返事はいらない」 ぴしゃりと言い放つ厳しい口調には有無を言わせぬ強さがあり、マヌケにも”す”の顔のまま私は硬直した。 「あの、えっと……?」 「現状NOなら返事は保留にしろっつってんだ」 さっきまでの泣きそうな顔は演技だったのだろうか。 これからフラれるという今際の際に、こんな強気な人なんて20年間見たことがない。 わけがわからず混乱している私を置いてきぼりに、松井さんはそのまま店員さんを呼び寄せてチェックとひとことだけ告げた。 それから握っていた私の手を離すと、まるで何事もなかったかのようにお財布からカードを取り出して立ち上がる。 「オイ。いつまで固まってんだ。終電そろそろだぞ」 「え?あ、ホントだ……」 「っとに。相変わらずトロいな」 「ご、ごちそうさまでした!」 「おう」 そんなこんなで、あっという間に平常運転に戻ってしまった彼と私の幻の一夜はこれで幕を閉じた。
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