第2章 『人生の禍福はあざなえる縄の如し』

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第2章 『人生の禍福はあざなえる縄の如し』

 そして次の日、サブローが消えた。  朝、母親が「サブロー、またどこかに行ったみたい。首輪、ユルかった?」と聞いてきた、  前日、散歩した時にはそんな感じは全く無かった。  首輪はサブローの首にしっかりと収まっていた。    俺は、出勤しなければならないので、母親の言葉を半分聞き流しつつ、自宅から出た。    最寄り駅に向かう道。  それは昨日、サブローと歩いた道である。  俺はサブローの行動を考えてみた。  よく分からない犬だ。  こちらにすり寄ったかに思えば、こちらに鬱陶しいそうな素振りも見せる。慕ってくるような感じを出せば、こうして我が家から逃げ出す。  おかしな犬だ。  おかしいと言えば、里奈もだ。  あれから、連絡が無い。「また、会いましょう」の『また』はいつなのか。  復縁したのだろう。  もやもやした感じを引きずりながら、俺は電車に乗った。  会社に出勤して、席につくと、いきなり課長に呼ばれた。  「おまえ、あのクライアントのところ、詫びに行ったか?」  「…いえ」  「何、やってんだよ…」  「…いや、向こうが『それどころではない事態が起きた』って…」  「それでも、ウチのミスはミスだろ? 一言、謝りに行くのが、礼儀だろ? 何をノンビリしたているんだ。…遅くない、今からアポ取って、行ってこい」  「…」  「戸田!」  課長は俺の先輩である戸田さんを呼んだ。  「はい?」  外回りに出る用意をしていた戸田さんが答える。  「例のミスの件、コイツと二人で詫び入れてこい!」  いささか不満もあったが、課長の指摘には一理ある。  少し凹んだ表情の俺が席に戻ると、向かいの戸田さんがウインクした。(…まかせとけ)という事か。  課長が戸田さんを指名したのは、わけがある。  俺がミスをしたクライアント、派遣会社の『KANEMOTO』は元々は戸田さんの担当だったからだ。向こうの担当者も戸田さんの事をよく知っている。俺は3ヶ月前に、戸田さんから引き継いだばかりであった。  だから、課長は戸田さんに指名して、二人での謝罪を促したのだ。  課長からの指名を受け、戸田さんはどこかに電話を入れている。KANEMOTOの人事課だろう。  「…はい、えー、はい、はい…。で、ですね、時間があれば、そのー、…はい、…えー、はい、あ、そうですか、ありがとうございます」  また戸田さんがウインクした。  そして、俺に「行こうか?」と軽い言葉で声を掛けた。  俺は、まだ暗い気持ちのまま、戸田さんの車に乗り込んだ。  「戸田先輩、…すいません」  「あ? あぁ、気にするなよ。向こうからは“もっと重要な事態が”って、連絡があったんだろ?」  「…はい。でも課長が」  「ま、大丈夫。…今から事情を聞いてみないと、わかんねぇけど、タイミングが悪かったんじゃないのか?」  「…はぁ」  戸田さんは鼻唄でも歌うかのような気軽さで、車を駐車場から出した。  俺がしでかしたミスは原稿の“掲載ミス”である。  求人広告を掲載する求人誌を発行する『Days(デイズ)』の営業である俺は、KANEMOTOから求人広告掲載の依頼を受けた。この会社とは5年近く付き合いのある“お得意”であり、俺の隣でハンドルを握る戸田さんが3年ほど、担当をしていた。それを最近俺が引き継いだのだ。  掲載ミスは、単純な連絡ミスだった。  派遣会社は様々な職種の求人を載せる。  その指示はクライアント側からの担当から、こちらの営業担当に伝わり、それをこちらの広告制作部に“ラフ”(ゲラ原稿)として入れる。  そして、求人広告の“元”原稿が出来上がり、これを元にクライアント側と話し合いを重ねて、最終版を“入稿”して、掲載となる。  この作業を一週間単位で行う。  この際、KANEMOTOの担当者の指示を“確認市忘れた”俺が、誤った求人情報を入稿してしまい、それがそのまま発行されてしまった。  それで、KANEMOTO側から、クレームが来た。  こうした“掲載ミス”は、こちらの落ち度であり、掲載料の割引などをされてしまう損失になるのだが、向こうの担当から「それどころではない…」と言われ、“回避”出来た、と思っていたのだが。  俺は戸田さんの車の中で、数日前に上げた喝采を後悔していた。  (…こうなるとは。運が無いなぁ)  よく考えてみたら、KANEMOTOは掲載契約が複数年に及ぶ“優良”クライアントだ。理由はどうあれ、謝罪は当たり前だと言える。  戸田さんから引き継いだ時は(こんな良いクライアントをもらえるなんて!)と喜び、向こうの担当者に会うと、特に問題もないようだった。  ここ3ヶ月は問題なく、入稿から掲載まで出来ていたのだ。  (気持ちが少し緩んだのかな?)  車はKANEMOTOの駐車場に入った。  俺は緊張しだした。
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