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事情は分かった。
KANEMOTO側の担当者である南の完全なミスだった。
こうした総合派遣会社は複数の業種の求人案内を取り扱う。しかもそれが日ごとに変わる。
事実、KANEMOTOは元来、工場などの製造業を中心に人材派遣を行っていたが、競合他社の参入により、異業種であるサービス、医療系の派遣求人も行うようになった。
俺の任されていた広告にも、『精密工場』から『レストラン』『介護事務所』など幅広い求人案件が載っていた。
それが、こちらの“締め切り”、つまり“入稿日”になっても細かく変わり、KANEMOTO側の担当が俺に“伝え漏らした”という事だった。
いつも電話で対応していたKANEMOTOの担当者が、俺達二人に逆に頭を下げた。
こちらも頭を下げた。
「それどころではない事態が」というのは、この担当者、南さんがウチ以外の求人誌にも、同じミスをしてしまい、それが社内で大問題になったかららしい。
「…わざわざ来ていただいて、すいません」
担当者は俺より年上っぽい男性社員。髪を短髪に揃えて、礼儀正しそうな好青年である。
「…いや、謝罪が遅くなりまして、こちらもすいません」
そう謝りながら、俺は心の中で安堵した。
叱責や、掲載料の割引を求めてくると思ったからだ。それが無かったのは、やはり嬉しい。
俺は運が良い。
「南さん、誠にすいません。コイツには俺からも言って、これからは原稿のチェックも俺、しますから…」
戸田さんがそう述べると、南さんは「いやいや…」と恐縮した。やはり、よい人だ。
「それで、ですね…」
その南さんが言い出した。
「はい?」
「ウチの部長の立原が一言、『挨拶したい』と言っているのですが?」
「えっ、部長さんが?」
隣の戸田さんの声に緊張感が入り込んだのが、分かった。
「良いですかね?」
「はあ、それは…」
もちろん、俺達に拒否権は無い。南さんが応接室から出ていくと、すぐに立原部長を連れてきた。
部長、と言ってもかなり若い。戸田さんの少し上。40代前半のがっしりとした男性だった。
恰幅の良い中年をイメージしていた俺は少し驚いた。
「いや、この度は、すいませんでした」
滑舌の良い、通る声だった。俺は中学生の頃の体育教師を思い出した。
さわやかな笑顔をこちらに向けている。
機敏な印象と、厳格さと柔和さも同居するような、“格上”の印象がする人間だった。
その立原部長が思いもよらない事を言い出した。
今回の掲載ミスはこちら(KANEMOTO)の責任である。
担当者の南にはこちらから厳重に注意するが、Days(デイズ)さんの担当は彼のままにする。
だが、掲載に関しては見合わせたい。
…そんな話をした。
「…えっ?」
掲載ストップと聞いて、俺は動揺した。
「あっ、大丈夫ですよ。中止ではありません。今回の動揺が収まり、南も立ち直り次第、掲載をお願いします。…人材は足りていませんから」
立原部長は俺の困惑を見抜いて、それを緩和させるように言った。
(…掲載ストップ)
俺の中で課長からの叱責が早くも浮かんだ。
「誠にご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」
立原部長と南さんが、揃って頭を下げた。
そうされると、こちらはもう返す言葉が無かった。
「…」
俺は激しく落ち込んだまま、KANEMOTOの駐車場に戻った。
うなだれる俺が戸田さんの車の助手席に座ると、「…おい、落ち込むなよ」と言われた。
それは無理な話だった。
数日前は、『問題無し』というような感じだったのに。
戸田さんは車を駐車場から出した。
「そんなに落ち込むなよ。…あの部長も言っていただろ? 『責任はこちらにある』って。…ほれに掲載を切られたわけじゃない。復活するんだから…」
本当にそうだろうか。
このまま、掲載の話が無ければ、それっきりになるだろう。
俺は暗澹な気持ちのままだった。
なんて、不幸なのか…。
「ちょっと、コンビニ、寄るな」
ハンドルを回しながら戸田さんが言った。俺は無言で頷いた。よく考えたら、こんな俺に付き合ってくれる戸田さんは、かなり良い人だろう。
戸田さんが車をコンビニの駐車場に停め、店内に向かった。
特に買うもの無い俺は1人、戸田さんの車の中に残された。
そして、思い出した。
俺には、100万円の当たりスクラッチの当たりクジがあるではないか。
復縁したが、連絡をくれない彼女。
仕事ではミスが、さらに大きくなってしまった。
だが、俺にはこれがある。
この数日間、大事にしてきた。
普段はクジを財布に入れ、寝る際はその財布を枕元に置いた。
家族を疑うわく、当選したことを話してもいないが、高額当選の当たりクジだ。手元から離れさせたく無かった。
なんと言っても、100万だ。
俺の幸運はまだ終わったわけでは無いのだ。
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