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「少しだけ、少しだけいなくなっててくれればいいんだ……。そしたら、俺だって」
久々に聞いた若殿の声は、少しだけ不穏な響きを持っていた。
私は薄くまなこを開けた。
池の底から聞く若殿の声はくぐもっていたが、その言葉ははっきりと聞き取れた。
池に、波紋が生まれる。
若殿が入ってきたのだろうか。
奥方様にまた叱られるというのに、何度やっても懲りないのは、この年頃の男の子の性だろう。
とはいえ、実際に池の中に入って来られては差し障りがある。
若殿にのっぴきならない事情があるとしても、それには別の解決策を見出して頂かなくては。
これは、私からも一言申し上げるべきか。
水底から浮き上がり、水面から顔を出す。若殿は、呆けたような顔で私を見つめていた。
無理もない。
普段は池の底で、岩のように横たわっている私が、こうして水面まで出てくるのは稀なことだ。
「若殿、どうか池に入るのはおやめください。ここの水は、若殿にはまだ刺激が――」
「お前が、お前がいるから……っ」
若殿の声は震えている。
相対してようやく、私は若殿の危うさに気付いた。
「若殿、どうされました。落ち着いて――」
言葉は、続かなかった。
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