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「これが時(とき)歪(ひずみ)の時計だ」
祖父の栄三郎が笑みを向け差し出す時計は、どうみてもただの懐中時計にしか見えなかった。だが、すぐにそれがただの懐中時計ではないとわかる。
不気味な笑い声とともに時計の長針と短針、それに秒針までが突然逆回転をし始めた。
彰俊は、突然の眩暈に襲われた。高速に逆回転する針を見過ぎてしまったせいかもしれない。いや、それだけじゃない。景色もぐにゃぐにゃと歪んでいる。壁が、天井が部屋のすべてが歪みながら渦に呑み込まれていく。自分の身体も渦に呑み込まれそうだ。
――ああ、気持ちが悪い。俺はこのまま死んでしまうのかもしれない。いや、こんなことで命を奪われることはないのか。
かぶりを振って、大きく息を吸い込み吐き出す。
身の毛もよだつ笑い声が再びあたりに響く。その笑い声が合図だったのか歪んでいた景色が何もなかったかのようにもとに戻っていた。
目の錯覚だったのか。いや、身体も揺れを感じていた。断じて違う。
「祖父ちゃん、これって」
「時(とき)守(もり)家に代々伝わる家宝だ。時を巻き戻す力を持つ。それに、時歪の時計は付喪神と化しているからな。あやつはちょっとばかり悪戯好きで困るが悪気はないから気にするな。それに、わしはもう旅立たねばならない」
「旅立つって」
「まあ、いずれわかる。それより彰俊にこれを譲ろう。だが、無闇にこれを使ってはならぬぞ。そして、この時計の力を知られてはならぬぞ」
彰俊は頷き、時歪の時計をじっと見遣る。
「彰俊、正しく使うのだぞ。いいな。おまえなら、こいつともうまく付き合えるだろう。あ、それとしっかり大学で学ぶのだぞ」
栄三郎は満足げに笑みを湛えると、なぜか足を動かすこともなく何かに引っ張られるようにして闇の中へと消えていった。
――あれ、今もうひとり子供がいたような。気のせいだろうか。祖父ちゃんの背中に隠れるようにして一瞬だけ見えた気がするんだけど。
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