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「――ジークさんっ!! 止まってくださいっ!!」
「な、なに? 忘れ物でもした? 取りに行く時間なんてないよ」
「違います! まだっ、村の人たちが!」
イレーネは真剣な表情で見詰めてくる。
なんとなく、予想はしていた。彼女ならきっとそう言うのだろうと思っていた。しかし、そんな猶予はない。それに――
「助ける義理がない」
ぼくが告げると、イレーネはひどく悲しそうな表情を浮かべた。
でも、文句は言ってこない。だいたい、文句を言われる筋合いはない。ぼくは事実を言ったまでだ。ぼくたちを邪険に扱ってきた相手を、どうして助けなければならない?
「ぼくははっきり言って村人が嫌いだ。……ユリアがどうしてもと言うから、ぼくたちは普通になろうとしている。歩み寄ろうとしている。それなのに、村人はそれを突っぱねる。ぼくたちがなにかしたか? してないだろ」
「それは、そうですが……でも」
「妹の――たった一人の家族の努力を踏み躙る奴らが、ぼくは嫌いだ」
ユリアが泣いている夜は珍しくない。けれど、ユリアがそれでもというから、ぼくはそれに従っていた。
死ぬなら勝手に死ねばいい。そんなやつらのために命を危険に晒すつもりはない。
「そう、ですよね。……それなら、仕方ないですね!」
イレーネは今にも壊れてしまいそうな笑顔を見せる。これを悪化させるのか、と思うと胸がずきずきと痛む。でも、止めなければならない。言わなければならない。
「きみを行かせるわけにはいかない」
「そんな……っ。私は行かなければいけないんです!」
「今から行ってもきみの足じゃ間に合わないよ」
「なら、ならっ、送って行ってくださいっ! 私を村まで送って、それから逃げてもジークさんなら」
「それも出来ない。きみに死んでもらっちゃ困るんだ」
「ど、どうして……っ!」
「きみが――」
一瞬、思ったままのことを言いかけて口を噤む。
「私が……?」
「いや……ユリアは今、風邪の真っ最中だからね。きみを降ろすつもりはないよ」
「降ろしてくださいっ! 私はっ、私は……」
腕の中で藻掻くイレーネを無理矢理に抱きかかえて、ぼくは歩みを進める。
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