雑用探偵(仮)と五十嵐所長

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私がそれを目にしたのは、ファミレスのバイトをクビになった日だった。それは、電信柱の隅に小さく貼られていた。 『人員募集 詳しくは隣の地図に』 簡易な、というよりお粗末な、申し訳程度の地図が描かれている。目的地を示す箇所に赤い矢印と、「ココ」の文字。よく見ると、地図の上部にも小さな文字。 『目印は白黒白のビルだよ』 「 ……怪しいなぁ」 色々と。まず、仕事内容が一切書かれていない。会社名も。それに、白黒白──シマウマ柄のようなビルはほんとに実在するのだろうか。 こんな貼り紙で──しかも電信柱の隅にある──人は来ると思っているのだろうか。行く人がいると思っているのだろうか。 「……いやいやいや、行かないよ私は」 自分の心に語りかけるように、私は一人ごちた。幸い、周辺に人はいない。 端から見ると、電信柱に話し掛けてる変な女なのだ。 私は再度、貼り紙を見つめる──というより睨む。どうして私は、行くかもしれない気持ちを抱いたのだろう。 そりゃあ、今は絶賛無職中のニートですけど、だけど、仕事内容がわからない場所に行くなんて、ないない。絶対ない。 こんな正体不明の貼り紙とにらめっこを続けるより、帰って求人雑誌を捲って、安全な仕事を探した方が有意義な時間を過ごせる。 そうだ、そうしよう。さぁ帰ろう、すぐ帰ろう。 「……」 足が地面に、強力な接着剤でガッチガチに固定されたかのように動かなかった。私の思考と体は、真逆に出来ているらしい。 いや、違う。頭の片隅の、さらに隅に、この意味のわからない仕事に興味を抱いている自分がいるのだ。 こんな気持ちは、上京してから一年ちょっとの間で、初めての体験だった。
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