雑用探偵(仮)と五十嵐所長

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私が上京したのは、ただ単に東京に憧れからだ。その思いを抱いたのは中学二年の頃。 大阪の片田舎で、普通に暮らしていた私の前に、彼女は現れた。 神崎楓。東京で生まれ、東京で育ってきた、標準語を話す転校生。方言だらけの教室で、楓の存在は一際輝いていた。 標準語を話す先生はいたが、同世代の子は誰もが初めてだったから。 その日の内に、楓はクラスで一番目立った。その日の内に、楓の周りは人で溢れた。 授業と授業の間の十分休憩、昼休み、帰り道。楓の周りには、常に人がいた。 私も、その内の一人だ。何十人かいる中の、一人。 しかし、偶然にも楓と帰り道は一緒だった。それでも、何人かの内の一人だったけど、五分程度、二人きりで並んで帰れる時間があった。 その五分は、私にとって至福の時間。教室で話せない分、私は話した。色んなことを話した。 主に大阪らしさのこと。串カツ屋でのソースの二度付け禁止、ヒョウ柄のおばちゃんや、飴ちゃんを常に持っているおばちゃんはほんとにいる。 悲しいかな、私の話はどれもこれも近所のおばちゃんおっちゃんの話しかなかった。それに大阪人の性なのか、話を盛って面白おかしくしてしまう。 けど、そのおかげか、楓は笑った。時にはお腹を抱えて笑った。 楓も色んなことを話してくれた。その大半が、東京でのことなのだ。 渋谷、原宿、秋葉原。東京タワー、雷門、東京スカイツリー。聞けば聞くほど、私は東京の魅力に引き込まれていく。 そして私は決意した。必ず東京に行く、と。観光目的ではなく、住むために。 親の説得は驚くほど簡単だった。両親は良く言うと寛大、悪く言うと放任主義だから。 「好きにしたらえぇ。変な仕事に手ぇ出せへんのやったらな」 「辛くなったら、いつでも帰って来ぃや」 野球観戦──阪神対巨人、もちろん応援は阪神──しながらの父と、洗い物しながらの母。 母の言葉は、水の音が半分かき消していたので良く聞き取れなかったが、多分そんなようなことを言ってたのだと思う。
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