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それでも微かに右頬に当たったようで、そこを憎々しげに擦っていた。
「兄貴っ!」
合唱のような、一斉の焦りが耳に流れ込んで、痛い。
「てめぇぇ、このやろーっ!」
「殺ったらぁ!」
怒声。敵意、を超えた、殺意。硬直した私の体が、意思とは関係なく動いた。
所長さんが引っ張ったのだと、その方向を見て初めて気づく。
積み上げられた麻袋の陰に、身を潜めた。幸いなことに、私たちの動きを気にしてる人は一人もいなかった。
誰もが、竜さんにだけ殺意を向けている。
「こいつらは表面上は工事現場の作業員だ。自ずと鍛えられてるぞ。──殺れ」
「うおぉぉっー!」
無情なその呟きで、作業服の男性たちの士気、殺意が高まる。十数人が、我先にと、竜さんめがけ突進していく。
中には、鉄パイプを手にしてる人までいた。その光景を、麻袋の壁から顔だけ出して息を飲んでいた私は、訊かずにはいられなかった。
「て、手伝いとかは、しなくていいんですか?」
「俺があっちに行ったら誰がお前を守る?それに、必要ねぇよ、あいつには」
竜さんがバックステップで後方に飛んだ。逃げたのではなく、距離を取っただけ。
──そのはずなのに、着地と同時に、前へ踏み込んだ。
その不意な動きに、男性たちが一瞬止まる。その隙を、ついた。
最初の狙いは、左から攻めている男。右の拳が、腹に食い込んだ。呻き、くの字に折れた男の顔に、容赦なく膝を打ち付ける。
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