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焦る男性とは対照的に、竜さんは冷静だ。全て、必要最低限の動きで避けている。
紙一重。わざとだ。素人の私でも、表情を見ているだけでわかる。
相手に、もう少しで当たると思わせるために、動きを大きくさせるために、体力をなくすために。
案の定、男性の動きが鈍くなっていた。遅い、子供でも掴める速度で降り下ろされた鉄パイプを、竜さんは片手で受け止めた。
その腕を、後ろに引く。男性の体が鉄パイプごと竜さんに引き寄せられ、顔面に右ストレートを叩き込んだ。
よろめき、倒れる男性の腹を、サッカーボールのように蹴飛ばす。気を失ったその男性から視線を外し、周りを睨む。
鋭利な、刃物を思わせる瞳で。普通の人なら、それでもう戦意喪失だ。
だけどここは──作業服の男性たちは違う。アドレナリンが出ているのか、それとも面子の問題か、彼らに白旗を上げるという選択肢は初めから存在しないらしい。
「ぶっ殺してやらぁあ!」
残りの人が雄叫びを上げ、一斉に踏み込んだ。殴る、蹴る、鉄パイプを振り回す。
しかし、そのどれもが、空振りで終わっていた。隙を作ってしまい、反撃される。
ストレート、アッパー、エルボー、回し蹴り、膝蹴り、背負い投げ──。
多種多様な格闘技を用いて、躊躇なく、再起不能に陥らせていった。
「…………」
圧倒的な強さに、私は言葉を紡げない。息を飲んで──息を殺して見続けることしかできない。
暴力は嫌いだ。それでは何の解決にもならない。と理解しきっているのに、目の前の光景から目が離せない。
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