第5章

22/27
前へ
/169ページ
次へ
「裕二、なんて顔してるんだ。試合はまだ終わってねえんだぞ」  谷城は誰よりも冷静だった。 「それよりもいまはやるべきことがあるだろ。それに集中しろ。残り10分。10人でどうやってあいつらからゴールを奪うか、それだけを考えろ」  谷城の言葉に全員が少しだけ落ち着きを取り戻した。 「武本、最終ラインはおまえが見ろ、いいな」 「そんな、おれになんかできません」  武本が泣き出しそうな声を洩らした。 「情けないこと言うな。来シーズンからはおまえが見るんだぞ!」  武本がはっと顔を上げた。 「2番、早く出て」  主審が割り込んできて、谷城にピッチの外に出るように言った。  谷城は主審を一瞥すると武本に視線を戻した。 「いいな、おまえがやるんだ。健介と新太郎と3人で最終ラインを組むんだ」  主審が鋭く笛を吹いた。 「2番、いい加減にしなさい。これ以上の遅延行為は規律委員会の対象となるぞ」 「うっさい。あと5秒だけ待ってろ!」  谷城が一喝した。  思いがけない反撃に主審が怯んだ。 「タニさん、それはマジでやばいっすよ」  武本がうろたえた。 「いいんだよ、どうせおれは今日が最後だ」  武本の表情が変わった。谷城の意味するところをようやく理解したようだった。 「わかりました。最終ラインはおれが見ます」  武本が言った。  それを聞いた谷城の表情が緩んだ。なおも唖然としている主審に向き直る。 「いや、すいません。つい興奮しちゃって。いますぐ出ますんで、大目に見てやってください」  そう言うと谷城はピッチの外に出た。ユニフォームを脱ぐ。スタンドからは、拍手とともに擦れた声が何度もその名を呼んでいた。 「健介、絶対に優勝銀皿もって帰ってこい。それでいまのは帳消しだ!」 「はい!」  玉利が直立不動で腹の底から声を出した。
/169ページ

最初のコメントを投稿しよう!

100人が本棚に入れています
本棚に追加