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「裕二、なんて顔してるんだ。試合はまだ終わってねえんだぞ」
谷城は誰よりも冷静だった。
「それよりもいまはやるべきことがあるだろ。それに集中しろ。残り10分。10人でどうやってあいつらからゴールを奪うか、それだけを考えろ」
谷城の言葉に全員が少しだけ落ち着きを取り戻した。
「武本、最終ラインはおまえが見ろ、いいな」
「そんな、おれになんかできません」
武本が泣き出しそうな声を洩らした。
「情けないこと言うな。来シーズンからはおまえが見るんだぞ!」
武本がはっと顔を上げた。
「2番、早く出て」
主審が割り込んできて、谷城にピッチの外に出るように言った。
谷城は主審を一瞥すると武本に視線を戻した。
「いいな、おまえがやるんだ。健介と新太郎と3人で最終ラインを組むんだ」
主審が鋭く笛を吹いた。
「2番、いい加減にしなさい。これ以上の遅延行為は規律委員会の対象となるぞ」
「うっさい。あと5秒だけ待ってろ!」
谷城が一喝した。
思いがけない反撃に主審が怯んだ。
「タニさん、それはマジでやばいっすよ」
武本がうろたえた。
「いいんだよ、どうせおれは今日が最後だ」
武本の表情が変わった。谷城の意味するところをようやく理解したようだった。
「わかりました。最終ラインはおれが見ます」
武本が言った。
それを聞いた谷城の表情が緩んだ。なおも唖然としている主審に向き直る。
「いや、すいません。つい興奮しちゃって。いますぐ出ますんで、大目に見てやってください」
そう言うと谷城はピッチの外に出た。ユニフォームを脱ぐ。スタンドからは、拍手とともに擦れた声が何度もその名を呼んでいた。
「健介、絶対に優勝銀皿もって帰ってこい。それでいまのは帳消しだ!」
「はい!」
玉利が直立不動で腹の底から声を出した。
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