第5章

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 大阪の動揺が、肌に伝わってきた。  この土壇場で、あのときのことが活きてくるとは思ってもみなかった。  第12節の福島SFC戦。  前線での守備を巡って衝突した玉利と時貞に対し、オルチャクはそのポジションをそっくりそのまま入れ替えた。  そして後半42分、それまで前に上がることがほとんどなかった時貞は突然牙を剥き、自陣後方からのドリブルで決勝ゴールを決めた。  当時はほとんど冗談だと思っていた。 「野球で言えば内野手が外野を守るようなもの」と的外れなたとえをオルチャクは口走っていた。  結果が出たからよかったものの、大胆過ぎる戦術に、下嶋は呆れを通り越して感心すらしていた。  まさか、監督は今回のような状況を想定していたのだろうか。  到底信じられることではなかったが、オルチャクならあるいは、という思いもなくはなかった。  あのときの映像を大阪は間違いなく観ている。  伝わってくる彼らの動揺がそれを如実に示していた。  そして、あのときとは違う点がひとつある。時貞が左ではなく、右のサイドバックの位置に入っているという点だ。  この違いは動揺する彼らの心をさらに揺さぶるはずだ。  同時に下嶋が左サイドバックの位置にいることも疑心暗鬼に拍車をかけるだろう。    選手全員の間で統一されていた大阪の心理にずれが生まれた。  同じ現象を目にしたところで、その受け取り方は個々によって異なる。  色でたとえるなら、それまで青一色だったチーム心理にグラデーションが生まれた。  それを千葉は見逃さなかった。
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