第1章

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 シーズンは長い。であればこそ、シーズン中と変わらないルーティーンが、選手にとっては長いシーズンを乗り切るためにも必要となる。長いシーズンではマンネリを打破するために刺激が必要だと言われるが、それもルーティーンがあってこそだった。全体ミーティングは11時に始まる。これからの1時間で、下嶋は山口のマッサージを受けることになっていた。  下嶋がベッドにうつ伏せになると、山口が後頭部に触れてきた。一つひとつ確かめるように両手が下がっていく。 「どうかな」  下嶋は尋ねた。 「いい感じですね。これなら今シーズンも問題ないと思います」 「ヤマさんにそう言ってもらえるなら安心だな」  山口には自主練習用にメニューを組んでもらっていた。1日の練習後に欠かさずそのメニューを1時間かけて消化する。それもここ5年のルーティーンだった。  下嶋は自分がこの年齢までプレーできているのは山口の存在によるところが大きいと思っている。それまでは右膝の状態が気になることもあったが、いまはそうした不安はない。山口の施術に身を任せながら、下嶋は少しずつ意識が遠のいていった。  廊下を行き交う靴音に下嶋は目を覚ました。時計を確認する。10分ほど眠っていたようだ。 「なんだか騒がしいけど、どうしたのかな」  そのとき、ドアが開いてスタッフのひとりが顔を覗かせた。 「すいません、全体ミーティングは12時からでお願いします」  スタッフはそれだけを言い残すと、慌ただしく廊下を駆けていった。  その剣幕に山口も驚いたようだった。目が合う。下嶋が目で尋ねると山口は穏やかな笑顔で少しだけ肩を竦めてみせた。  マッサージを終え、廊下を歩いていると階段を降りてきたフリーライターの日野正史とすれ違った。相当慌てているようだ。日野は一度下嶋の脇を通り過ぎると、思い出したように足を止めてこちらを振り向いた。 「どうしたの、そんなに慌てて」  日野とは、記者の中でも親しい間柄だった。 「これから時貞颯人の入団発表記者会見があるんですよ」 「時貞って、あの?」 「そうです。今朝、正式発表されたばかりです」
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