第1章

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 時貞は今年の高校サッカー選手権大会の得点王だった。しかも2位以下を大きく突き放し、それまでを5得点上回る15得点で最多得点記録を大幅に更新していた。決勝でも、優勝こそ逃したものの3ゴールをマークしハットトリックを達成している。今年の選手権はまさに時貞の大会と言っても過言ではなかった。  下嶋はさほど大会を意識していたわけではないが、情報は自然と入ってきていた。久方ぶりに現れた超高校級プレーヤーの登場にサッカーファンは胸をときめかせていた。 「あれ? でも、なんでこのタイミングで入団発表なんだ?」  下嶋は自分に問い掛けるように言った。  Z(ズィー)リーグではオフシーズンの契約締結期限は1月31日までと決められている。規約に照らし合わせればなにも問題はないが、新人選手に限って言えば、契約締結がここまでずれ込むことはまずない。    日野をはじめ、マスコミがこれほど注目している選手ならばなおさらだ。遅くても秋口には進路が決まっているはずだ。事実、下嶋も高校3年の夏休み中に磐田デアランサへの入団が内定していた。この時期の入団発表というのは異例だ。  日野と目が合った。日野はこちらがなにを考えているのかを見透かしたようににやりと笑った。 「下嶋さん、時貞はまさに風のように日本サッカー界に現れた新星ですよ。時貞が日本に帰ってきたのは去年の8月です。それまではドイツにいました。転入先は岩手でも例年ベスト16がせいぜいの無名校です。それが時貞が加入するや県予選を勝ち抜き、頂点まであと一歩というところまで迫った。このことについては時貞抜きでは語れません。100パーセント、時貞のおかげです。なんせ、県予選の準決勝以降、全国大会の決勝まで、すべてのゴールは時貞が取ったんですから」  日野が手首をちらりと見た。時間を確認したようだ。 「だから入団契約がこんなに遅くなったのも当然なんですよ。選手権は年末に始まって、決勝は成人の日ですからね。あいつは誰なんだ、どこにあんなやつが隠れていたんだって新年早々大騒ぎですよ。それでようやく今朝方、千葉が争奪戦に勝利したってわけです」  時貞と彼が入団に至るまでの経緯についておおまかなところはつかめた。  しかし、それでも腑に落ちないことがある。  口元まで出かかった言葉を下嶋は呑み込んだ。
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