第1章

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 こうして話をしている間にも5人ほどの記者が脇を通り過ぎていった。日野もいよいよ切羽詰った表情をしている。顔はこちらに向いているが、記者たちが走り去っていった背後に意識が向けられているのは明らかだった。 「ごめん、日野さん。忙しいのに足止めしちゃって」  なにもいまここで聞くこともない。  いや、それを聞いたところでどうとなるものでもない。  クラブが時貞と契約した。ただそれだけのことだった。そしてクラブと契約した選手は、クラブのために己の全力を尽くす。それがプロ選手の役目だ。それ以外のことは他の選手が関知するところではない。 「いえ、そんなことないですよ。近いうちに下嶋さんのこともまた聞かせてくださいね」  日野はそう言うと、滑るように廊下を駆け抜けていった。 ◆  練習場にはひとつの人影もなかった。わずかに吹いている風に、下嶋はやがて訪れる春の息吹を感じていた。  下嶋は傍らのベンチに腰掛けると、トレーニングシューズの紐を締めすぎないように結んだ。  芝生の上に立つと、両腕を回しながらジョギングを始めた。体が軽い。山口のマッサージはさすがだと思った。    自主練の成果が体の中でひとつにまとまりつつあるのを感じる。このあと2回の合宿を経てリーグ開幕を迎える自分の姿が具体的にイメージできた。    下嶋は体を動かしながら昨シーズン以上の手応えを感じていた。  体を慣らしながら、少しずつスピードを上げ、複雑な動きを織り交ぜていく。体の内側から熱が生まれてくる。肌に汗が浮いてきた。  体が十分暖まったところで短いダッシュを入れた。3メートルから始めて少しずつ距離を延ばしていく。ダッシュするたびに方向転換をしながら芝の上を行き来する。右膝にはもちろん、違和感はない。  ひと区切りついたところで、下嶋は練習グラウンドをフェンスに沿って歩き始めた。  途中で白い小さな花がふたつ咲いているのを見つけた。よく見るとその周りにはもうすぐ開花を迎えるつぼみが散らばっていた。葵が見たら喜ぶだろうな。そんなことを思いながら、下嶋の口元は自然と綻んだ。    グラウンドに体を抱きかかえられるようにしてストレッチをしながら、下嶋の思いは日野とのやり取りの続きに向いた。  なぜ、時貞はフェルニーナ千葉に入団したのか。  それがあのとき出かかった言葉だった。
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