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「…大丈夫ですかね、あれ」
「さぁな。ま、ダメなら参事官も行かせないだろ」
閉ざされた扉を見ながら、興味なさそうに月長が呟く。
「つうか、匂宮(におうのみや)について何も説明しなかったけど、よかったのかね」
「それは…」
そこまで言うと、鈴生の口からも溜め息が零れた。
匂宮こと、公安二課の課長・二宮(にのみや)凛子(りんこ)警視正は三十代半ばの女性キャリアだ。
行動心理学の博士号を持っているという彼女は、その経歴にふさわしく人の立ち居振る舞いを見て、次の行動を見透かしたような言動や措置をとることが多い。何につけても、油断のできない相手だった。
「匂宮」とは、対峙した人間の行動を見透かし、すぐさま事件の本質を見極める彼女の、事件への嗅覚からついた渾名だ。
「…むしろ、何も知らない状態だからこそ行かせたんじゃないですかね」
そんな疑惑が出てきてしまうのは、一筋縄ではいかない参事官のやり方を知っての上でだ。実際に、彼女が事件に関して何も説明を受けていなかったとしたら、詮索される可能性は極めて低い。
「ま、あの参事官のやりそうなことではあるな」
「抜け目ないですからね」
同意して、肩を竦める。実際、参事官には敵も多く、常に二歩先、三歩先を読んで行動しなければならないのも事実だ。
「しっかし、あの人も終始仏頂面で疲れないのかね」
「隙を見せない、という意味ではいいんじゃないですか?」
たいして興味もない、と言わんばかりに応えると、鈴生は再びPC用眼鏡をかける。
それを見た月長は我慢の限界を超えたとばかりに欠伸を漏らし、席を立った。
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