第1章

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 と私は言って、傍に置いたワゴンから自分の鋏を取り出し、土井さんの後ろに立った。土井さんは、私が施術すると分かって、『おや』という顔をされた。だが、私がカットをすることについて、問いはなかった。でもきっと、後でさりげなく聞かれるだろう。土井さんらしく、そっと。  ワゴンには、〝カルテ〟と店で呼んでいるシートが置いてある。常連さんの、カットの特徴や、カラリングなら色目(染見本がある。それに基づいている)の番号、あと、髪の特徴など、お客様情報が書いているものだ。私は以前にチーフから聞いたことと、このカルテを見ながら、カットしようとしているのだ。私がカットしても、最後のチェックは店長が行う。お約束である。  土井さんには、右側に特徴があると聞いていた。だから、初めに左側を揃えようとした。鋏を持ち、左手で髪を取る。多く掴んではいけないと教えられた。少なく掴む。鋏を入れる。  サクッ。  カットした。心が震えていた。思わず鏡を見る。  と、そこには、チーフがワイルドな笑顔で映っていた。 (やまちゃん、それでええんや。やまちゃんなら、できる。できるんや)  チーフの声を聞いたような気がした。いや、本当に聞こえたのだ。 (チーフがいる。ここにチーフがいるんだ)  次の部分の髪を掴む。毛先を揃えて、カットする。また、鏡を見る。  もう、チーフの姿は、なかった。と、視線の先には、ロッカーの上にある美容師免許証があった。一枚、減っている。チーフのものだ。でも、左端に、私の免許証があった。  免許証を掲示した時のことを思い出した。  これから、これが、私のよりどころになる、と。  チーフは、この店からいなくなった。でも、どこかで、私のことを見守っていてくれる、そう感じた。  どこかで。   1
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