第1章

2/17
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/17ページ
   見習い                 篁   はるか  私は美容師だ。だが専門学校を卒業したての卵である。今勤めている美容室『ポルトルージュ』で働き出してまだ間もない。  美容師に憧れていた。自分の腕でお客様を変身させることができる職業だと思っていた。だが実際に専門学校で学ぶうちに、憧れだけではできない仕事だと身にしみていた。技量は勿論だが、お客様をもてなすことも大切だと感じるようになった。学校のクラスメイトのなかにはセンスのある子もいた。私にはないものを持っていたようだ。ならば私はお客様に喜んで貰えるような美容師になりたいと思い、努力を重ねた。例えば、シャンプーの腕前が優れているとかである。だから、シャンプーの練習はとことん行った。毎日練習していたと思う。クラスメイトをつかまえては、シャンプーの練習をしていた。  『ポルトルージュ』は自宅から自転車で通えるところなので、求人票から選んだ。通勤で疲れるところは、私には向いていないと思ったのだ。面接をしてくれたのは店長だった。私の母位の年齢だろうか、若い頃から美容室を立ち上げ、駅前のこの地に移転してきたとか。五年前のことらしい。その時に開店のチラシをまいたことにより、ここで常連さんが生まれたようだ。面接で店長はその頃の話をしてくれた。 「だから、常連のお客様は大事なのよ。この駅前の店を盛り立ててくれているの。  ところで、山口さん、免許証は持っているわね」  私の名は山口朱美だ。店長が美容師免許証のことを気にしたのには訳がある。何年か前、〝カリスマ美容師〟が話題になった。斬新なヘアファッションを次々と世に送り出したのだが、ある時、〝カリスマ美容師〟が美容師免許証を持っていないことが発覚し、美容師界から追放された。その後勉強し直し、免許証をとったとか聞いたが、すっかり忘れ去られた。免許証もないのに、よくも美容師の仕事ができたと感心するやら呆れた思いがしたことを覚えている。 「はい、持っています」 「うちにはうちのやり方があるから、色んなことを、早く覚えてね」  そう店長は言って、店の一日の流れやら、約束事を次々と話した。私も学校では分からなかった実際の店のことを聞き逃すまいと必死でメモをとった。 「うちは、制服がないの。黒の上下を着て来てね。  山口さん、いつから来れるかしら」
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!